尼子氏の築城、歴史感じる空間。
ハチが檀城跡の特徴
大永7年に尼子経久が築城した歴史ある城の跡地です。
大内方の鏡山城攻略後に築かれた戦の舞台だった。
広大な空間に土塁があり、訪れる価値がある史跡です。
ハチが檀城は大永7年1527年に出雲国の尼子氏当主尼子経久が築城したとされる、城です大永3年1523年に大内方の鏡山城を攻略して、その翌4年に大内義隆の軍を撃退すると、毛利、山内が尼子に従いますが、1527年に再び備後に兵を向かわせましたが、細沢山合戦で、家臣の湯原久晴を失う大敗となり、睨み合いとなり、築城されました。城というより陣城の方が近いですが、短期間での運用にしては、城郭はデカいですなお細沢山の戦いに関しては、資料はほとんどなく、分かっていることは尼子経久自ら指揮をしたこと大内側には軍師、陶興房が指揮をしていたこと毛利元就執政、志道広良が参加してたことがわかっています。
岡山の伊勢畑城のような広大な空間に土塁囲みラッシュ。道が終盤荒れていますので草や木で怪我されないようにしてください…
| 名前 |
ハチが檀城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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代表的な尼子の陣城だと思います。巨大な陣地、その全てを囲う横堀、各方面に進出するための複数の食い違い虎口が確認できます。風越山にも訪問したことがありますが、ハチが壇こそが完成形なのだと思いました。北西の横堀も見応えあり、L型の堀も良好に残っていました。先人様がおっしゃるように、城域までの道のり終盤は無いものと思った方が良く一部、古い鉄条網もあるのでGPS等を持参して、帰り道の確保が必要だと思います。