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名前 |
全福寺跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.0 |
神亀年中(724〜728)に、行基が十一面観音を刻み、それを祀ったのが始まりと伝えています。その後、源頼朝が三河国守護安達盛長に命じて建てた三河七御堂のひとつです。(普門寺、赤岩寺、財賀寺、鳳来寺、長泉寺、金蓮寺、そしてこの全福寺です)文明二年(1470)の丹野城討伐の乱によって荒廃しました。この地域一帯は、いまもなお宗教色の強い地域です。御堂山から観音堂の山道には、多くの仏像が祀られています。なお、御堂山観音堂が所蔵する「木造十一面観音立像」(愛知県指定文化財)は、善福寺の本尊でしたが、これは12世紀ごろの作だとみられています。