日本海見渡す石船神社。
石船神社の特徴
村上市岩船三日市にたたずむ、歴史ある石船神社です。
主祭神は饒速日命、厳かな雰囲気が漂う神社です。
日本海を望む高台に位置し、圧巻の景色が楽しめます。
緑に囲まれた素敵な神社でした。
橋を渡るとまず白い鳥居、そして朱色の鳥居が見えてきます⛩️駐車場も細かい白い石がひいてあり緑が茂り美しい神社で清浄な氣が満ちています。御祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)罔象女命(みずはのめのみこと)髙靇神(たかおかみのかみ)闇龗麗神(くらおかみのかみ)饒速日命以外は龍神さまですね🐉御朱印は宮司さんのお宅で書き置きで いただきました🙏境内からは海も見え美しいです🌊
延喜式の式内社で、磐船郡8座の筆頭 御祭神は、饒速日命、水波女命、高靇神、闇靇神。本殿は流造 海のすぐ近くに鎮座されていて本殿前からは日本海が見ることが出来ます。創建は大化4年(648)に阿倍比羅夫(越国守・後将軍・大宰帥を歴任した将軍)が勧請したのが始まりとされます(案内板には同年に古代城柵である磐舟柵を築城した時すでに石祠があったそうなので創建年はさらに遡るのかもしれません)
新潟旅行で以前よりこちらの神社に参拝したくようやく来る事ができました。小高い丘にあり階段と言うよりも緩やかな段々を登ると本殿に到着、豪雪地帯だからなのか全てが木造の建てやに覆われた作り引戸を開け参拝しました。御朱印は本殿より看板で「社務所→」の案内を辿ると宮司宅に行き着きます。インターホンを鳴らすと書き置きタイプ300円で戴けました。車でいく方、駐車場は鳥居右側に数台のスペースあります。鳥居目の前には小さな漁港の様なロケーションで映画のワンシーンに出て来たのではと思う程綺麗です。
村上市岩船三日市に鎮座する石船神社です。延喜式の式内社で、磐船郡8座の筆頭。御祭神は饒速日命、罔象女命、高龗神、闇龗神。創建は大化4年(648)に阿倍比羅夫が勧請したのが始まりとされますが、それ以前という説もあります。大同2年(807)に北陸道観察使の秋篠朝臣安人が社殿を建立し、越後国北方の鎮護の為、京都・貴船神社の分霊を勧請・奉祀したと伝えられております。
新潟に旅行行った時に、泊まった宿の程近くにある神社です!!石段を結構登ると社が見えてきます!!冬が近い為か、参拝する所は建物でおおわれてました。参拝した時、御朱印は社務所の電話番号書いてまして、社務所の場所の方向に案内看板あります!!無事、社務所について呼び鈴で呼んで書き置きでしたが、御朱印貰えました。色々話したら、酒田の浜中にも石船神社があると教えてもらいました!!(^-^)/参拝した石船神社と繋がりある様です!!(^o^)/
村上市に来た際には参拝する神社。緩やかな石段を登った先の右手に本殿があり、海に向かって赤い鳥居があります。たまたま御札を貰いに来た地元の方から、この辺りの人は藤を嫌うとういうお話を聞きました。海の中から、神様が藤のツタを登って上へ上がったという様な話でした。社務所は本殿から下った左手にあり、事前に連絡をして書き置きの御朱印を頂きました。御朱印帳に直書きはしていないとのことです。
2022/07/12駐車場が封鎖。仕方なく手前に駐車。敷地内は結構広い。社務所では御朱印が書き置きなので書いてもらえなかった。
霊験あらたかな神社⛩きっとご利益があるかも知れないと信じて参拝しました。
| 名前 |
石船神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0254-56-7010 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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石船神社(いわふねじんじゃ)。新潟県村上市岩船三日市。式内社(小)、旧県社。【祭神】饒速日命 水波女命 高おかみ神 闇おかみ神資料によると、主祭神は饒速日命。物部氏の祖神で、天の磐樟舟(あめのいはくすふね)に乗ってこの地に上陸、航海・漁業・製塩・農耕・養蚕の技術を伝えたという。大化4年(648年)に磐舟柵が置かれた時、すでに石の小祠があったと伝えられる。饒速日命が祀られていた可能性がある。磐舟柵の場所は不詳だが、当社地はその候補地の一つ。大同2年(807年)、北陸道観察使秋篠朝臣安人が京都の貴船明神(現 貴船神社)を勧請して、水波女命(罔象女命)、高靇神、闇靇神を奉祀する。今でも当社が明神と呼ばれる所以。鎌倉時代以降は平林城主、色部氏、江戸時代以降は歴代の村上藩主に崇敬された。正徳4年(1714年)、宣旨により正一位の神階が授けられた。明治5年(1872年)には県内で2番目に県社に列格した。境内社に金比羅神社など数社があり、芭蕉句碑2基、磐舟柵跡碑などがる。当社には、饒速日命と思われる神が石の船、つまり磐舟(岩船)に乗って当地に来訪し、その後さまざまな奇跡を起こしたという伝承が残る。当然、この船の様子が当社号や当地の地名の由来となっている。とあります。