西村博之
と 名誉毀損
にしむら ひろゆき 西村博之 |
西村 博之(にしむら ひろゆき、1976年(昭和51年)11月16日 - )は、日本の実業家、著作家(書籍・動画)。日本最大級の匿名掲示板「2ちゃんねる」開設者、英語圏最大の匿名掲示板「4chan」管理人。ドワンゴが資金提供している日本最大級の動画配信サービス「ニコニコ動画」元取締役管理人。東京プラス株式会社代表取締役、有限会社未来検索ブラジル取締役。愛称・通称は「ひろゆき」。 東京都北区赤羽北出身。O型。大学在学中の1999年に「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)を開設し、管理人となる。2005年、ニワンゴ(現・ドワンゴ)取締役管理人に就任し、翌年に「ニコニコ動画」を開始。並行して企画立案、サービス運営、プログラマーとして複数の企業運営に携わる。2015年にフランスのパリへ移住。同年、英語圏最大の匿名画像掲示板「4chan」を買収し管理人に就任する。 |
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2003年9月、ひろゆきが自ら配信したメールマガジンで、DHCの製造する健康食品に枯葉剤が混入しているという事実無根のデマを拡散したことについて、東京地方裁判所は名誉毀損に該当するとして、ひろゆきに対して700万円の損害賠償の支払いを命じた。
250px|thumb|2007年1月12日、2ちゃんねるのトップページに「賠償金滞納処分差押物件」という赤札が掲載された。
これはひろゆきの全財産を仮差押えする申し立てが東京地方裁判所|東京地裁に出された際、差押え対象が2ch.netのドメインにまで及んでいたことに対する痛烈な皮肉であった。
ひろゆきは2ちゃんねる上に書きこまれたネット中傷に関連する多数の民事訴訟と多額の賠償債務を抱えている。
当初こそ「2日に1回ほど東京地裁に行くという生活を約5年」「1日に3回の裁判を受けるトリプルヘッダーもやった」と語るなど裁判に対応していたが、本人の主張によれば、全国各地で起こされた民事訴訟を東京地裁に移送する申請が全て却下され、2003年9月には自身発行のメールマガジンの記載にもとづき起こされたDHCによる名誉毀損裁判で敗訴するなどし、途中から被告としての主義主張を展開せず、法廷徹底無視の姿勢を貫くようになった。
プロバイダ責任制限法の施行の前に始まった、2ちゃんねる上の書き込みをめぐる「動物病院名誉毀損裁判(平成13年(ワ)15125号)」でも、「掲示板の運営・管理者は、他人の名誉を毀損する書き込みがあることを知った場合、または知り得た場合には、直ちに書き込み削除などの措置を取る条理上の義務を負っている。
書き込みが真実かどうか不明であることを理由に削除義務を免れることはない」と判断されており、ひろゆき側の「書き込みが真実かどうか不明な場合には、表現の自由を保障する見地から、書き込みを削除しなくても違法ではない」という主張は真っ向から否定されている。
当時の2ちゃんねるでは「発信元は一切分かりません お気楽ご気楽に書き込んで下さい」として、IPアドレスを原則として保存しないことを約束しており(のちに保存する方針に変更)、発信元を特定することが困難又は不可能であることを宣伝していた。
このように、当時の2ちゃんねるの仕組みでは、名誉毀損などの無責任な言論による違法行為の責任を書き込んだ本人に追及することが不可能であったため、ユーザーは、自らの責任を問われることなく、権利侵害の発言を書き込むことが可能だった。
「削除ガイドライン」というものが名目上定められていたもの、裁判所には「内容が不明確であり、しかも、削除人は、それを業としないボランティアにすぎないことから、本件掲示板における発言によって名誉を毀損された者が、所定の方式に従って発言の削除を求めても、必ずしも削除人によって削除されるとは限らない」と認定されている。
そのため、管理人であるひろゆきが誹謗中傷の書き込みによる違法行為の責任を負担するのは当然、と裁判所に認定されている。
また、当時の2ちゃんねるではすでに「西鉄バスジャック事件」などの犯罪予告や「日本生命裁判」などの名誉毀損事件が多発しており、これらのような違法な書き込みが行われることが当然予想され、それに対する予防措置を行う義務もあったと認定されている。
プロ麻雀士名誉毀損事件の被害女性(当時30歳)が勝訴した直後にも、「殺す」「とっとと首を吊れ」「夜道は相当危険」等の脅迫や容姿をけなす中傷が2ちゃんねる上に数千件書き込まれた。
被害女性が所属する麻雀店のHPも執拗な荒らしに遭い、掲示板(BBS)には10万件以上の脅迫や中傷が書き込まれ、店のメールアドレスにも嫌がらせのメールが大量に届いた。
このため店のホームページは閉鎖を余儀なくされた。
被害女性は自宅住所も暴露されたため実家に帰らざるを得ず、大量の脅迫のため外出を避け、店にも顔を出せなくなった。
当時はこのような「二次被害」を恐れる中傷被害者も多く、提訴に至らない事例も多かったという。
2007年1月29日、元2ch.net副管理人の「切込隊長」こと山本一郎が起こした、ひろゆきに対する名誉毀損裁判に珍しく出廷した。
ひろゆきは「基本的には出ない(注:「出廷しない」の意)のですが、今回は知り合いなので、面白いかなと思ったんです 原告がどんな顔をしてくるのか知りたかったんです」とコメントしている。
口頭弁論は2007年9月までに5回行われ、そのなかで山本がひろゆきに対し「ハゲ」と投稿したことについてひろゆきが言及した。
2008年2月、ひろゆきの敗訴に終わる。
過去ログ削除と80万円の支払い命令(請求200万円)。
一時期、ビジネスパートナーとして連携していた山本一郎は、ひろゆきと決別した理由の一つとして「多すぎる名誉毀損裁判」を挙げている。
2001年8月28日、東京地裁(野口忠彦裁判官)は計20カ所の書き込み削除をひろゆきに命じた。
これはパソコン通信を除くインターネットの電子掲示板を舞台とした名誉毀損に関する初の判例である。
この出来事について井上トシユキは次のように総括している。
250px|thumb|2007年1月12日、2ちゃんねるのトップページに「賠償金滞納処分差押物件」という赤札が掲載された。
これはひろゆきの全財産を仮差押えする申し立てが東京地方裁判所|東京地裁に出された際、差押え対象が2ch.netのドメインにまで及んでいたことに対する痛烈な皮肉であった。
ひろゆきは2ちゃんねる上に書きこまれたネット中傷に関連する多数の民事訴訟と多額の賠償債務を抱えている。
当初こそ「2日に1回ほど東京地裁に行くという生活を約5年」「1日に3回の裁判を受けるトリプルヘッダーもやった」と語るなど裁判に対応していたが、本人の主張によれば、全国各地で起こされた民事訴訟を東京地裁に移送する申請が全て却下され、2003年9月には自身発行のメールマガジンの記載にもとづき起こされたDHCによる名誉毀損裁判で敗訴するなどし、途中から被告としての主義主張を展開せず、法廷徹底無視の姿勢を貫くようになった。
プロバイダ責任制限法の施行の前に始まった、2ちゃんねる上の書き込みをめぐる「動物病院名誉毀損裁判(平成13年(ワ)15125号)」でも、「掲示板の運営・管理者は、他人の名誉を毀損する書き込みがあることを知った場合、または知り得た場合には、直ちに書き込み削除などの措置を取る条理上の義務を負っている。
書き込みが真実かどうか不明であることを理由に削除義務を免れることはない」と判断されており、ひろゆき側の「書き込みが真実かどうか不明な場合には、表現の自由を保障する見地から、書き込みを削除しなくても違法ではない」という主張は真っ向から否定されている。
当時の2ちゃんねるでは「発信元は一切分かりません お気楽ご気楽に書き込んで下さい」として、IPアドレスを原則として保存しないことを約束しており(のちに保存する方針に変更)、発信元を特定することが困難又は不可能であることを宣伝していた。
このように、当時の2ちゃんねるの仕組みでは、名誉毀損などの無責任な言論による違法行為の責任を書き込んだ本人に追及することが不可能であったため、ユーザーは、自らの責任を問われることなく、権利侵害の発言を書き込むことが可能だった。
「削除ガイドライン」というものが名目上定められていたもの、裁判所には「内容が不明確であり、しかも、削除人は、それを業としないボランティアにすぎないことから、本件掲示板における発言によって名誉を毀損された者が、所定の方式に従って発言の削除を求めても、必ずしも削除人によって削除されるとは限らない」と認定されている。
そのため、管理人であるひろゆきが誹謗中傷の書き込みによる違法行為の責任を負担するのは当然、と裁判所に認定されている。
また、当時の2ちゃんねるではすでに「西鉄バスジャック事件」などの犯罪予告や「日本生命裁判」などの名誉毀損事件が多発しており、これらのような違法な書き込みが行われることが当然予想され、それに対する予防措置を行う義務もあったと認定されている。
プロ麻雀士名誉毀損事件の被害女性(当時30歳)が勝訴した直後にも、「殺す」「とっとと首を吊れ」「夜道は相当危険」等の脅迫や容姿をけなす中傷が2ちゃんねる上に数千件書き込まれた。
被害女性が所属する麻雀店のHPも執拗な荒らしに遭い、掲示板(BBS)には10万件以上の脅迫や中傷が書き込まれ、店のメールアドレスにも嫌がらせのメールが大量に届いた。
このため店のホームページは閉鎖を余儀なくされた。
被害女性は自宅住所も暴露されたため実家に帰らざるを得ず、大量の脅迫のため外出を避け、店にも顔を出せなくなった。
当時はこのような「二次被害」を恐れる中傷被害者も多く、提訴に至らない事例も多かったという。
2007年1月29日、元2ch.net副管理人の「切込隊長」こと山本一郎が起こした、ひろゆきに対する名誉毀損裁判に珍しく出廷した。
ひろゆきは「基本的には出ない(注:「出廷しない」の意)のですが、今回は知り合いなので、面白いかなと思ったんです 原告がどんな顔をしてくるのか知りたかったんです」とコメントしている。
口頭弁論は2007年9月までに5回行われ、そのなかで山本がひろゆきに対し「ハゲ」と投稿したことについてひろゆきが言及した。
2008年2月、ひろゆきの敗訴に終わる。
過去ログ削除と80万円の支払い命令(請求200万円)。
一時期、ビジネスパートナーとして連携していた山本一郎は、ひろゆきと決別した理由の一つとして「多すぎる名誉毀損裁判」を挙げている。
2001年8月28日、東京地裁(野口忠彦裁判官)は計20カ所の書き込み削除をひろゆきに命じた。
これはパソコン通信を除くインターネットの電子掲示板を舞台とした名誉毀損に関する初の判例である。
この出来事について井上トシユキは次のように総括している。
2023/6/2(金)



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