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よしだ たくろう
吉田拓郎
吉田 拓郎(よしだ たくろう、1946年4月5日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、フォーライフレコードの第2代社長である。本名同じ。旧芸名は平仮名のよしだたくろう。楽曲提供者としては入江剣の名も用いている。

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1966年にバンド活動と平行してソロ活動を始め、コロムビア洋楽部主催のフォークコンテストにソロで出場しニッポンのうた漂流記、飯塚恆雄、2004年、河出書房新社、p107、中国大会2位、全国3位となる60年代フォークの時代 - 日本のフォーク&ロック・ヒストリー1、前田祥丈・平原康司著、シンコーミュージック、1993年、p55-56。
『平凡パンチ』で「和製ボブ・ディラン」と紹介され広島で知名度が上がるが、広島の音楽仲間からは批判も出て居心地も悪く、単身上京した多くの文献では単身上京した理由として、ボブ・ディランが若い時、家出を繰り返したこと等に触発された、民謡の採集と書かれた物が多いが、パックインミュージック(TBSラジオ)1972年5月31日放送での言及は、広島の女に振られまくり、大学も面白くなく、広島が嫌になって上京した。
東京の友だちが「お前東京で食っていくの楽じゃないよ」と言うから「じゃあどうすりゃいいんだ」と聞くと「千葉だったら家賃も安いし食うのも楽だ」というから総武線に乗って千葉に行った。
それで景色がいい所で降りようと決めていて、検見川で海が見えたので降りた。
宿をあっちこち探して広徳院(真言宗豊山派)に当たり、当時お寺は公共の建物と思っていて、誰でも泊めてくれるだろうと自信を持って宿泊を希望した。
事情を話したらそこで修行できることになり、本堂横の三畳の布団部屋に寝泊りし、一食付きで部屋代、月二千円で半年居候する。
この間、墓掃除等、寺の手伝いの他、ラーメン屋でバイト 曲作りもした。
また当時は民謡=フォークと当時は考えていたから民謡の採集も実際に行い千葉の漁村を尋ねたが成果はなかったという内容であった(パックインミュージック(TBSラジオ)1972年5月31日放送の言及)。

しかし無理な生活がたたって栄養失調に陥り、帰郷する。
この影響で大学は1年休学し、5年間通うこととなる。
大学2年で、4人グループのR&Bバンド『ダウンタウンズ』を結成地方のグループ・サウンズの一つとして紹介されることがある(『日本ロック紀GS編 コンプリート』、黒沢進、シンコー・ミュージック、2007年、p121) 、リードギターを担当した。
広島市内のカワイ楽器を練習拠点とし、コンサートを開く 1967年に広島見真講堂で開催された『第1回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』中国地区大会ロック部門で優勝 米軍岩国基地でも定期演奏した。
岩国基地ではジェームス・ブラウンの生ライブも観たという しかし、ベトナム戦争の侵略基地である岩国慰問が、参加資格のない演奏と抗議が寄せられ、カワイ楽器在籍バンドでもあったことから、ヤマハの関係者から全国大会への出場を辞退してもらえないかと申し入れられ、出場辞退した。
翌1968年にも、『第2回ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテスト』に出場し中国地区優勝、ヴォーカル・グループサウンズ部門で全国4位となる。
また、吉田の発案で広島の3つのフォーク団体によるアマチュアフォークサークル『広島フォーク村』を結成 レコードも出さないうちに、地元ラジオにリクエストが殺到し、NHK広島に出演したり、中国放送でDJを担当したりした。
この頃激しい学園闘争が繰り広げられた広島大学のバリケードで囲まれたステージで『イメージの詩』を歌い、終了後、白いヘルメット姿の学生に取り囲まれ激しいアジを浴びせられた読むJ-POP 1945-1999私的全史、1999年、田家秀樹著、徳間書店、p121。
1969年には、カワイ楽器広島店に就職内定したが、上智大学全共闘のメンバーが自主制作(ユーゲントレーベル)で「広島フォーク村」名義のアルバム『古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう』を制作することになり参加した黒沢進『日本フォーク紀』シンコー・ミュージック、1992年、p165-169、174-177 このアルバム制作も実質のプロデューサーだったといわれる。
長いタイトルは、アングラ・レコードであった象徴でもあるが、全共闘の闘争資金を得るための企画でもあった。
2015/10/12(月)
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