歴史が息づく桂川の遺構。
長岡京跡・ 淀水垂大下津町遺跡の特徴
江戸時代前期の水制遺構が見どころです。
中世淀城の薬研堀が約100m延びています。
桂川、宇治川、木津川の合流点が歴史的な場所です。
江戸時代前期に築かれた「水制」の遺構からこの時期に桂川が拡幅されたことが明らかにされました。
桂川西岸の護岸拡張2029年8月室町時代に存在したとされる「中世淀城」の遺構であるV字型に掘られた薬研堀(やげんぼり)が約100mにわたって存在することが見つかったと京都市埋蔵文化財研究所から発表されました。この発見によって、江戸時代に存在した淀城や安土桃山時代に淀君が住んだ淀古城よりもさらに古い城が存在したことが、文献だけでなく発掘調査からも明らかになりました。2023年江戸時代前期に築かれた「水制」の遺構からこの時期に桂川が拡幅されたことが明らかにされました。
| 名前 |
長岡京跡・ 淀水垂大下津町遺跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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昔は桂川、宇治川(巨椋池)、木津川の三川はこの遺跡の前で合流していて淀川の起点にあった淀津だった所です。イメージし難いですが巨椋池に流れ込む桂川右岸の河口です。明治の河川改修工事で集落移転した水垂・下津町集落から恵解山古墳より古い弥生時代までの複合遺跡ですが江戸時代初めの護岸や石組などと川船が六艘見つかりました。江戸時代半ばにはこの辺りでは約500艘もの川船を持っていたそうです。現在(2025年)の時点で全ての調査予定地が完了していないので今後新たな発見があるかもしれません。桂川の河積拡大(掘削工事)に伴う右岸河川敷の調査なので消滅するかもしれませんが以前の調査区は凄く盛土されていました。