圧倒的な存在感、横田の常夜灯。
旧東海道横田渡跡の特徴
高さ10.5mの巨大な石造りの灯籠は圧倒的存在感です。
東海道十三渡しのひとつで歴史を感じられる場所です。
春には咲き誇る桜が美しく、訪れる価値があります。
旧東海道沿いにある史跡です。説明板や大きな石燈籠があり、かつてここには野洲川の渡し場があったことを感じさせます。屋根付きの休憩所があり、ベンチに腰かけてひと休みすることができます。簡易トイレもありますが、使用したことがないので快適さは不明です。桜並木があるので春は風情がありキレイではないかと思います。訪れた際は人はおらず、とても静かでした。
徳川幕府は、防衛上の理由から川にはあえて橋をかけなかったみたい。野洲川のここも、かつて東海道の渡し場があった場所。とても大きな常夜燈がありますが、これも万人講中の寄進でできたものとのことです。鈴鹿峠の常夜燈も万人講中の寄進によるものだったな、ということを思い出しつつ、トイレ休憩。
灯籠威厳ある。
東海道 横田の渡し東海道十三渡しのひとつ横田川(現 野洲川)の渡しで、季節によっては土橋が掛けられていたこともある。
高さ10.5mの巨大な石造りの灯籠はとても迫力があり目立ちます。広い川幅(横田川)の右岸にあります。
東海道五十三次宿場バイク巡りに行ってきました。水口宿には遺構はあまり見当たりませんでしたが、宿場の外れに「横田渡跡」がありました。
春は桜も咲いてて、キレイです。 東海道五十三次の横田の渡し 橋は無いですけど、大きな灯籠は残ってます。最近トイレも使えるようになったみたいなんで休憩にも使えます。
いきなり巨大な常夜灯が目に飛び込み、圧倒されます。東海道歩きとしては、この後、反対岸にどうやってたどり着こうかと悩みましたが、少し歩いて1号線から分岐する現在の横田橋を渡りました。東海道の反対側を歩けなかったのが、少し後ろ髪をひかれました。
かつて、湖南を流れる野洲川は、水口のあたりでは横田川と呼ばれ、川渡しがありました。この「横田の渡し」は、「東海道十三渡し」の一つで、増水期の3月~9月には3艘の船を運行、10月~2月の渇水期には流水のある所に土橋を架けて通行させていたといいます。現在も広い川幅に当時のおもかげをしのぶことができます。
| 名前 |
旧東海道横田渡跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
https://www.shiga-bunkazai.jp/shigabun-shinbun/best-place-in-shiga/meisyozue391/ |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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旧東海道 横田渡跡 (滋賀県 甲賀市)旧東海道を日本橋から(観光しながら) 歩き始めて31日目で 横田の渡しまで来ました。立派な常夜灯が残っています。滋賀県の一級河川「野洲川」は、この辺りでは「横田川」と呼ばれていました。室町時代の資料(山中文書)でも 横田河橋の記述があるそうです。江戸時代に東海道五十三次が整備された際、当所は東海道十三渡の1つとして重視され、軍事的理由から通年での架橋は許されなかった(冬場のみ土橋設置)。明治になり、1891年(明治24年)に板橋が架けられ、今でも当時の石垣が現存します。1929年(昭和4年)に下流に橋が移設され 当地の歴史は終了しました。当地にある常夜灯は、1822年に万人講中の寄進により 建立されました。高さは10.5mあり、東海道最大と言われています。(鈴鹿峠の万人講燈籠は 高さ5.4m )(2026年4月)