大房岬で感じる、歴史の静謐。
大房岬要塞跡地の特徴
大房岬は静まりかえった空間で歴史的価値が感じられます。
明治時代に黒船来航を守る為に作られた要塞の一部です。
比較的良い状態で残る比較的小さな廃墟の魅力があります。
旧日本陸軍が1928年から4年をかけて首都防衛のために構築した要塞跡。照明設備はなく薄暗いけど要塞の中を見学できます。
房総半島の東京湾側の突端の半島は多くの戦争遺跡が残されています。ここは全て公園になっており元々あった場所で見ることが出来ます。なお、イノシシの目撃情報があり注意看板が各所にありました。また、訪れたいおすすめの場所です。
旧日本海軍が敵艦の侵入に対応するために造った要塞の跡地で、今もほぼ当時のままの姿で残って観光地化されています。入口のところに詳しい説明がありますが、中の景色や雰囲気は当時の面影を残しつつも自然と一体化しつつある不思議な光景です。
令和7年5月3日訪問歴史的要塞ですね。駐車場から10分は軽く歩きます。途中富士山がよく見えました。キャンプ場利用者は近くまで車で行くことができる様です。行きは山側帰りは海側を歩きましたがかなり高低差があります。
南房総市指定文化財に選ばれている旧日本軍の要塞跡地です。標高八十メートルの台地に巡洋艦入り砲塔二基を四十メートル間隔で配置し、関連施設の発電所、観測所、照明所、爆薬庫等を地下に鉄筋コンクリート造りで完成させ、昭和二十年の終戦まで横須賀重砲連隊の兵士が東京湾を守った(案内板から)。南房総だけでなく日本の砦と呼べる戦争遺構です。祖国の為戦い抜いた英雄たちに敬意を。
南房総市指定文化財に選ばれている旧日本軍の要塞跡地です。標高八十メートルの台地に巡洋艦入り砲塔二基を四十メートル間隔で配置し、関連施設の発電所、観測所、照明所、爆薬庫等を地下に鉄筋コンクリート造りで完成させ、昭和二十年の終戦まで横須賀重砲連隊の兵士が東京湾を守った(案内板から)。南房総だけでなく日本の砦と呼べる戦争遺構です。祖国の為戦い抜いた英雄たちに敬意を。
旧日本軍が東京湾防衛の為に作った要塞跡他にも園内にいくつかあります。
ここの前に砲台跡と弾薬庫跡を見て来たので、残っている施設の規模感が小ぶりなのだと思っていたのでやられました。地下壕ではなくコンクリート要塞を地中に作ってあります。おそらく埋戻ししています。通行禁止エリアがあるくらいの大きです。そして、まだ新しいと思えるぐらい状態が良いです。古いことは壁の電線跡でわかります。ケーブル固定のためコンクリートに予め小さな木材を入れて固定具加工が出来るようにしています。地下スロープの先には、爆撃機を見つけるためのサーチライトを上げるスライド用の溝がすぐ判るほどきれいに残っていました。巨艦巨砲に対する防衛で作られた施設が航空機の発達でサーチライトの施設になっていった流れが見れます。
何かピリッと感じる静まりかえった空間でした!!歴史を感じます。
| 名前 |
大房岬要塞跡地 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
〒299-2404 千葉県南房総市富浦町多田良1212−29 |
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大房岬にある旧日本陸軍の要塞跡です。ここは昭和3年(1928年)から約4年かけて建設され、東京湾防衛の重要拠点として使われていました。標高約80mの台地に、当時の巡洋艦「鞍馬」の副砲を搭載した砲塔が2基設置されており、さらに観測所や発電所、弾薬庫などの関連施設は地下に鉄筋コンクリートで造られています。これらは戦時中、横須賀重砲連隊によって運用され、神奈川県の剣崎砲台と連携しながら、東京湾に侵入する敵艦の迎撃や館山湾の防衛を担っていました。現在は遺構として残されており、当時の地下構造や砲台跡などを実際に見ることができます。ひんやりとした地下空間や、静かな森の中に点在するコンクリート構造物からは、当時の緊張感や歴史の重みが感じられます。戦後しばらくは放置されていましたが、平成13年に南房総市の文化財に指定されました。戦争遺跡としては千葉県内の市町村で初、全国でも8番目という貴重な存在です。現在は自然豊かな公園として整備されており、散策しながら歴史に触れられる場所です。観光としても楽しめますが、当時の背景に思いを馳せながら訪れることで、より深くこの場所の意味を感じられると思います。