静謐な森に包まれた光孝天皇陵。
光孝天皇 後田邑陵の特徴
第58代光孝天皇 後田邑陵は、美しく整備された陵墓です。
南側の参道からアクセスできる、歴史を感じるスポットです。
周辺には仁和寺や他の天皇墓もあり、静かな環境が魅力です。
だだっ広く森が包囲する陵墓です。陵墓の規模の割に拝所が広く、南側と西側に参道が伸びています。ですが多分西側の参道は封鎖されています。恐らく築造当時は方墳のように陵を造ったと思われますが、今は北西だけ削られています。おかげさまで航空写真で見ると台形のようです。
天皇陵墓巡り。
第58代光孝天皇 後田邑陵西側に車一台は置けるかな。
福王寺神社の南、仁和寺の西にあるのが「光孝天皇 後田邑陵」になります。第58代光孝天皇(こうこうてんのう884 年3月4日〈元慶8年2月4日887年9月17日〈仁和3年8月26日〉)は55歳で即位されてわずか3年余りで病のため亡くなりました。百人一首には光孝天皇の歌が選定されています。「君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ」
天皇の陵墓らしく、よく整備されています。
西側の参道には低い鎖が張ってありましたので、南側の参道からお伺いさせていただきました。
陵形は円丘で小松山陵とも言われ、光孝天皇の正式に治定されている陵墓です。宮内庁書陵部の陵墓地形図集成によると面積は5643.4㎡と記されています。
この地域は天皇墓、皇族墓が群集しています。四方を住宅に囲まれた様なものもあり、人一人やっと通れる様な路地から御参りする様なところもあります。ここは立派な部類ですね、
前は、仁和寺、横は光孝天皇陵、京都で一番静かで、考え事がで来る、場所かな。
| 名前 |
光孝天皇 後田邑陵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
075-601-1863 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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京都市右京区宇多野御池町にある天皇陵。平安時代の第五十八代光孝天皇が被葬されているとされる陵です。即位から3年後に崩御されましたが在位中に発願された西山御願寺の建立は次代の宇多天皇に引き継がれて完成し現在の仁和寺になりました。陵はその仁和寺の南西にあります。実際に被葬された陵は正確には特定されておらず明治時代に現在の陵が治定され宮内庁によって管理されています。仁和寺の北にある御室陵墓参考地も光孝天皇の陵の可能性があるとされこちらも宮内庁が管理しています。後田邑陵の御陵印は桃山陵墓監区事務所で頂くことが出来ます。次の日に桃山御陵の御陵印と共に御朱印帳に押してきました。初めて頂く御陵印で自分の手で押さなければならないのでかなり緊張しました。