石見銀山で見つけた、遺跡の魅力。
清水谷製錬所跡の特徴
巨大な石垣や構造物が魅力的で、遺跡の雰囲気が楽しめる場所です。
平日の夕方にはほとんど人がいなく、静かな時間を過ごせます。
レンタサイクルで訪れると、自然を感じながらの移動が楽しめます。
🏣島根県太田市大森町🅿️🚗…近くにはありませんでした。※電動アシスト自転車で急な坂道でしたがあがって行きました。※1,886年藤田伝三郎が起業した藤田組によって整備された、清錬所跡。※1,895年傾斜を利用し巨額の投資をし造られた。※1,896年鉱石の質が悪く、精錬能力も不十分だったため、採算が合わず1,896ねんに操業停止と成った。※清水精錬所跡は、高さ33m.8段の石垣を設けて最上段までトロッコで鉱物を運んでいた。当時としては最新式だった横置き多管式煙ボイラーを導入。※今は石垣のみが残されている。当時の近代的な近代精錬所の遺構として貴重な存在だそうです。※ちょっと見逃してしまいどうな精錬所でした。
清水谷製錬所跡は、JR仁万駅の南東8.8kmほどの島根県大田市大森町にあります。山すその傾斜を利用して造られた明治時代の先端技術による巨大な製錬所の遺跡です。明治28年(1895年)藤田組が石見銀山の採掘権を獲得し、巨額を投じて建造されました。最新の技術を採用して、藤田組が近くの坑道で採掘した大量の鉱石を処理していました。しかし、350年余りにわたって採掘されてきた石見銀山の銀鉱床はすでに枯渇しており、鉱石の質が予想よりも粗悪であることが分かりました。純銀を抽出するために使われた技術も期待を裏切ることとなったようで、最終的にわずか1年半で操業中止となりました。藤田組は、当時大日本帝国の一部であった台湾の九份など、自社の支配下にあった他の鉱山に精錬設備を移転することで、損失の削減を模索しました。清水谷精錬所の跡地は、変電所へと姿を変えましたが、その後の運命についてはほとんど知られていません。今では緑の丘の中腹に静かに佇む石やコンクリートの塊に過ぎませんが、周囲には、鉱夫住宅跡・変電所跡・選鉱場跡・トロッコ道などが残っています。
2025年9月2日に訪問ラピュタみたいというのを聞いて、見に行くか迷いましたが行ってみて正解でした。規模の大きさに圧倒されます。結構近くまで見に行けて、わずか1年足らずで閉所されたのがもったいないなと感じるとともに、思いを馳せることができました。奥に木製の階段がありますが、入れないように柵がしてありました。
石見銀山の重要伝統的建造物群保存地区訪問が目的でこの地を訪問しました。この遺構がある事を知ったのは、正直ここを訪れてからなのですが、まるでマチュピチュみたいな雰囲気に驚き&感動いたしました。
銀山を見学したら製錬所も観ておかないと立ち寄りました。石見銀山は結構有名なので、製錬所も大規模かと思いましたが、こじんまりとしていました。製錬する量が少なかったかもしれませんんね。この地に来られた方は、他の精錬所巡りもお薦めします。大規模な建造物が山奥にひっそりとあることに神秘を感じると思いますので。
2025年5月31日に訪問いい感じの雰囲気で残っている遺跡ですね。上の方に登ることができ、近づくことができます。木製の階段があり登ることができるみたいですが、どこに繋がっているのか分からないのと、階段が腐食していたので登りませんでした。あの階段の先がどうなっているのか謎です。
規模は小さいが佐渡金山の北沢浮遊選鉱場跡と同じ設備のようです。電動自転車ならココまで楽に上がれます。
銀山街道から脇道に入り,ちょっと急な坂を進みます。開けた場所に製錬所跡が現れます。製錬所跡にも登る事ができるのか何人かの方が上の方まで入られていました。駐輪場はありませんが,道路脇か空きスペースに止めます。
佐渡金山の北沢浮遊選鉱場跡と似たような精錬所跡。レンタサイクルならばここも立ち寄る価値ありです。
| 名前 |
清水谷製錬所跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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少し分かりづらいかも…電動アシスト自転車を借りて行くことをオススメします。