整備された参道、春日宮天皇の御陵。
春日宮天皇(志貴皇子) 田原西陵の特徴
敷地内は整備されており、立派な御陵です。
春日宮天皇は志貴皇子のお墓で不思議な歴史があります。
圧迫感のある石垣から開放的な参道へと変わる景色が魅力です。
敷地内は綺麗に整備されていますが、ここへ行く道が狭い、林道からは車通行不可です。
宮内庁の管轄によりきれいに保たれている。説明板などがあると関心のある人の参考になると思うが、実際には天皇でなかった春日宮の複雑な背景が説明しにくいのかもしれない。春日宮天皇は息子の白壁王が望外にも光仁天皇となったので、父を思う息子によって後から認定天皇となったのである。志貴皇子は墓ではなく陵に葬られた。親孝行な光仁天皇によって名誉を回復し今この田原陵で眠っておられる。光仁天皇が8歳の時に父の志貴皇子が亡くなり、その頃に文官として古事記の編纂に関わっていたのが太安万侶。この3人が田原里に葬られているのは偶然だろうか。太安万侶は天武天皇の命令で歴史を書き直していた人物だ。あれこれ想像しながらこの里を歩いていると楽しい。
春日宮天皇とは、天智天皇の皇子である志貴皇子の事で、即位もしていなく歴代天皇にも数えられてはいないが、息子が光仁天皇として即位した為、死後に春日宮天皇と言う謚号を受けた方である。同じ奈良市でもこの辺りは標高があるので夏でも涼しい時もあり茶の生産地として知られている。あまり注目もされなかった田原の里だったが、近くで太安万侶墓志が発見されてからこの地は、奈良時代の貴族の葬送地として観光客が多く訪れたけど、今は茶畑、田畑、山に囲まれた静かな所です。
諡号での天皇ですがその御陵は参道も整備された立派な御陵です。
志貴皇子のお墓。春日宮と記載されているけど、志貴皇子の記載はどこにもなかった。春日宮は諡。路線バスでも行けるが、本数が少ないので、車で行くのが良い。
光仁天皇(49代)の父の陵。息子が天皇になったことで春日宮天皇と追号されました。光仁天皇陵とは3kmほどの近さです。
歴代にあげられる天皇ではありませんが、彼の死後、息子の光仁天皇が即位したため追尊を受けました。どちらかといえば万葉の詩人、文化人志貴皇子という名のほうが有名でしょうか。天智天皇の第七皇子です。
一直線の長い参道で初めは石垣の間で圧迫した感じだが途中から開放的な参道へと変わる!個人的に好きです(^.^)
| 名前 |
春日宮天皇(志貴皇子) 田原西陵 |
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| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP |
https://narashikanko.or.jp/spot/remain/kasuganomiyatennoryo/ |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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きれいな陵でした。ありがとう。