深大寺城跡で静かな散策を。
深大寺城跡の特徴
深大寺城跡は北条氏が改修した戦国時代の城跡です。
都内では貴重な平城遺構がしっかり残る貴重な場所です。
深大寺からアクセス可能で、静かな別世界を感じられます。
深大寺周辺の「お城(城跡)」とそば畑を見に行きました。つづじヶ丘駅からバス1本で深大寺バス停まで約30分なので、思ったより行きやすかったです。冬に訪れたため、アシの池は一部だけ残っているような雰囲気でした。城跡は池の反対側の山を登った先、山頂部にあります。距離は長くないですが坂道なので、歩きやすい靴だと安心です。そば畑は冬だとほとんど何も見えず、土が広がっている感じでした。春〜夏に行くと緑が多くて、もっと気分転換になりそうです。静かに散歩したい人には向いていますが、「そば畑を見たい!」という目的なら季節を選んだほうが満足度が高いと思いました。
草木の茂らない冬は「古城」シーズンです😊。とのことで今日は、深大寺城址に来てみました。無料で入園できる神代水生植物園の中に有ります。京王線調布駅から徒歩で向かいました。グーグルマップでは入園できそうに表現されている南側の入口は封鎖され北側へ回りこまなければならず遠回りになりました。皆様はバスで来られた方が宜しいでしょう。遠回りしたお陰で周辺のロケーションがよく分かりました。南東側に野川による河岸崖線と東側はその野川の支流部による湿地に突出した舌状台地の先端に空堀と土塁を設け3つの郭が築かれています。東側の湿地は現在の水生植物園となっています。弱点となる舌状台地の付け根には奈良時代からの古刹「深大寺」が鎮座しています。近世の巨城「大坂城」も舌状の上町台地の先端に築かれていますが弱点の舌状の付け根には「寺町」が置かれました。築城以前から鎮座していた「深大寺」は「寺町」代わりとして利用されたと個人的に推察しました。この「深大寺城」が領主の居城ともなれば「深大寺」も城内として取り込まれたかも知れませんが、ここは領地と領地の境の城、いわば大きな陣地みたいな位置づけで廃城と再築が行われ「深大寺」まで取り込む程の規模は必要は無かったと思われます。戦国時代に戰場になった記録は無いとのこと、国宝銅造釈迦如来像「白鳳佛」が有る古刹「深大寺」が焼けなくて良かった😌。
静かで散策にちょうどよいです。大きなエノキ下のベンチは気持ち良いです。水道、トイレも整備されています。
神代植物公園水生植物園の中にあります。Googleマップだと南の中央道寄りにも入口あるような書いていますが今日行ったら閉鎖されていました。城跡は土塁や空堀が残っています、建物跡は小さな平原になって晴れた日に行くと気分良さそうでした。ちなみに城跡は一部立ち入り禁止になっていました。2025.06.21
扇谷上杉氏の当時最先端の城郭であり、土塁の保存状態が非常に良い。
最寄り駅 京王線調布駅、つつじヶ丘駅よりバス 中央線吉祥寺駅、三鷹駅よりバス(バスはそれぞれ深大寺行)入城料は無料 トイレは神代植物公園水生植物園に有り城郭構造 連郭式平城築城年 不詳廃城年 天文6年(1537年)南方の野川を水濠、西方を除いた三方を沼地とし、西方に空濠を三段に構えて三郭・二郭・主郭を配した直線連郭式城郭である。築城者は不明だが、15世紀には「ふるき郭」が築かれていたようだ。 16世紀に入って北条氏は相模に進出し、扇谷上杉氏は南武蔵の防衛ラインとして「ふるき郭」を活用している。との事です深大寺の道を挟んだ神代植物公園の水生植物園の横から少し登った場所に空堀と土塁の遺構がありそれなりの広さがあり綺麗に整備されています。
東京都下は調布市に有ります「深大寺城跡」(岡城)です。こちら深大寺城跡は、東京都心部から1,2を争う近さアクセスの良さで、尚且つキレイに遺構が残る山城•岡城の系統です。世田谷区から多摩川を挟んだ「枡形城跡」(山城で今は山城公園)や「小沢城跡」(山城でジャイアンツ球場の横)等もそうですね。深大寺城の築城年は不明です。最初の築城主は狛江氏と考えられていますが定かでは有りません。(狛江氏は調べても出て来ませんが…平安•鎌倉期の辺りに領地地名を名前にし発祥した在地豪族か?分かりませんが)主な改修者は扇谷上杉氏。主な在城主は、その扇谷上杉氏の家臣•難波田氏です。1500年代初頭には扇谷上杉氏と小田原北条氏が激しくこの地で争いました。扇谷上杉氏は川越城を出てこの深大寺城に陣を敷き、対する小田原北条氏は前出の小沢城(現ジャイアンツ球場横)に陣を敷き、両者は多摩川を挟んで睨み合い小沢原などで衝突したとの事です。先にも述べましたが土塁や空堀、また一の郭二の郭など遺構がキレイに残っています。(館跡の礎石は復元物)是非にブラリと訪れてみて下さい。因みに遺構は、今は深大寺植物公園内(水生植物園側)に有ります。水生植物園と深大寺との間の道に、コインパーキングや有料駐車場は沢山有ります。コインパーキングからは歩いて直ぐです。参考まで。大河ドラマ「光る君へ」の最終回ラスト…紫式部のセリフ「嵐か来るわ」が、争いの絶えない長い長い武家政権時代を表すとすると…源氏と平家の争いが嵐の前触れ…、そしてこの小田原北条氏と扇谷上杉氏の争いなどは本格的な嵐(戦国時代)の初めと言って良いでしょう。
深大寺の近くにある有料駐車場群にクルマを停めて、東京都神代公園 水生植物園内にある深大寺城趾に🏯本郭が広々と削平されていて、それは当時のままかはよく分からないけど、土塁と空堀が少しばかり残っています。季節がよければ、歴史本を1冊持っていき、1日ゆっくりできるかもです。
ここ深大寺城跡は、戦国時代、扇谷上杉氏の築城で、北条氏が改修した城で、城があるのに中々攻められなかった城で、現在、こんなに、遺構が、残ってると思いませんでした!!土塁、石碑、二の丸の石郡が残るで、凄いです!神代植物公園の奥にあります!!
| 名前 |
深大寺城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日火] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
神代植物公園の分園ともいうべき水生植物園の敷地内にあります。水生植物園の入園は無料ですが、神代植物公園の休園日には入ることはできません。水生植物園の出入口を入ると右側に深大寺城跡へ上る坂があります。上る前は結構キツイのかなと思っていたのですが、そんなことありませんでした。子供や女性、はたまた足腰の少し弱いご老人でも、簡単に数分で登れてしまいそうです。坂を上り切った所に狭いながら、そば畑があり、年二回種を蒔き、夏と秋にそばの実を収穫しているようで、そばの実がなる前に白いそばの花を見ることが出来ます。そば畑の裏手の平地が深大寺城跡。もともとの築城者は不明で、16世紀に入って鎌倉 扇谷 (おうぎがやつ) の上杉氏が小田原 北条氏に対抗するために活用、増築したらしい。ここは、3つの郭 (くるわ) からなる城跡で、復元整備されて公開されているのは、第1郭と第2郭。将来的には第3郭を復元整備し、第1郭と第2郭に第3郭を加えた史跡公園とする予定らしい。そば畑の裏手の平地は第2郭の内部にあたる。発掘調査・測量調査後に保存のため埋め戻されているので、平地が広がるほかは、土塁や空堀らしい凸凹した土地が残るだけで、予備知識なしで行くとつまらないかも知れません。たまに調布市が深大寺城の歴史講座を実施しているようで、現地でガイドツアーを受けるのがベストでしょう。ここへ行くなら、11月から3月の冬の晴れた日がおススメ。日向ぼっこしながらのんびりできますし、草木が枯れていて、地面の様子が良くわかります。なお、そば畑とは反対の方へ進むと、水生植物園の中ほどに下りることができます。