歴史が息づく武蔵国府の跡地。
武蔵国府跡の特徴
武蔵国衙跡は奈良時代から平安時代にかけての歴史の中心地です。
大國魂神社に隣接しており、周囲の歴史を感じることができます。
国衙跡の復元された赤い柱が印象的で見どころの一つです。
武蔵国の国府の役所の建物がまさに建っていた場所です。
日本の律令制において各国中心地に国衙など重要な施設を集めた都市域を国府、その中心となる政務機関の役所群を国衙、さらにその中枢で国司が儀式や政治を行う施設を国庁(政庁)と呼びました。こちらは、国衙で国司が地方政務を執った役所が置かれていた区画です。国庁・郡庁は全国的に見ても、遺跡の判明しているものはきわめて少ないです。その理由としては、廃絶後長年月が過ぎていて遺跡が忘れ去られていることが多いことや、大部分が掘立柱建物なので地表に遺構をとどめることがないことなどがあげられます。1970年以降1400ヶ所に及ぶ調査が続けられ、大國魂神社を中心に南北300メートル東西200メートルが国衙であり、そのうち北寄りの100メートル四方が国衙と考えられています。国衙の西半分は大國魂神社境内に相当し、東半分は宅地化され、住宅が建ち並んでいます。こちらは、大國魂神社結婚式場の鳥居を出て徒歩数分のところにあります。鏡の建物は当時の建物の大きさのまま再現された博物館となっています。中に柱や再現図などがありました。国衙地区(大國魂神社境内)国司館地区(国司館跡、(徳川家康の府中御殿跡)が国の史跡に指定されています。
謎の柱が数本突っ立っているだけでなんじゃここと思いました。千年以上の昔に武蔵国府がここに置かれていたそうです。今で言うところの東京多摩埼玉あたりの中心だったということです。府中という名前にそれが受け継がれているんだくあね~。#クアたま。
大國魂神社の横にある武蔵国衙跡。奈良から平安時代の役所群がここにあったことが想像できないですが、建物跡が出てきた事が事実を語っているんですよね。
府中と言う名前のルーツになりますね。大國魂神社参道のすぐ横にあります。
JR府中本町駅と大國魂神社の間にある武蔵国の跡地。広々とした広場で、国府のジオラマ(?)や建物の柱を再現したものがある。広い敷地となっているので、市民の憩いの場ともなっているよう。
大國魂神社とその東に位置し、平安時代から約400年間武蔵國(埼玉と東急)の役所群として機能した国府の跡です。国府の中央から「府中」の地名が残っっているなんて知りませんでした。地味にすごい場所なんですね。府中市や都はもっとアピールすべきでは?
昨日(16日)は世田谷のボロ市に、今日(17日)は小平霊園に墓参りに行ったついでに国分寺市のお鷹の道や真姿の池、武蔵国分寺公園と府中市の武蔵国の国府跡や国衙(こくが)地区に行ってきました。国分寺地区の湧き水などはおよそ11年ぶりに行ってきましたが水の流れが清らかで、武蔵国分寺公園はほぼ国分寺跡地に整備された公園で、一角には鉄道試験場があったこともあり車輪なども見られました。
最寄り駅 京王線府中駅より徒歩で5分程観覧無料 トイレ無し武蔵国府は、府中市に奈良時代の初め頃から平安時代の中頃にかけて置かれ、武蔵国の政治・文化・経済の中心地として栄えていた。との事です。府中の大國魂神社の隣で自由に見る事が出来ますが、説明のパネルと柱があるだけの見た目で興味が無いとなんじゃこれ?です。しかし、この一帯が武蔵国の政治、行政の中心で「府中」とは「国府所在地」を意味する地名で、武蔵国国府が置かれた地であることから「府中」と呼ばれると言う事らしいので今でも地名として残っているのは凄いですね。
| 名前 |
武蔵国府跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
042-335-4393 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
武蔵国府跡を見学しました。歴史好きにはとても興味深い場所で、かつて武蔵国の政治や文化の中心地だったことを思いながら歩くと、当時の様子を想像して楽しむことができました。周囲は整備されており、落ち着いた雰囲気の中でゆっくり見学できます。案内板も設置されているため、歴史に詳しくない方でも武蔵国府の役割やこの地の重要性を知ることができます。派手な観光スポットではありませんが、実際に現地を訪れることで、歴史の重みや地域の魅力をより身近に感じられました。街歩きをしながら立ち寄るのにもぴったりです。大國魂神社や府中駅周辺の史跡と合わせて巡ることで、この地域の歴史をより深く知ることができます。歴史や文化に興味のある方はもちろん、府中を散策する方にもおすすめしたいスポットです。ゆっくり歩きながら、昔の武蔵国に思いを巡らせることができる印象的な場所でした。