鎌倉幕府の歴史、北条義時の跡地。
史跡法華堂跡(北条義時墓)の特徴
鎌倉幕府2代執権の北条義時を祀った場所です。
大河ドラマで話題の歴史的な史跡です。
石段を上がると広場が現れ、静寂を楽しめます。
鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』には、北条義時が亡くなった際、源頼朝の法華堂の東側にお墓(新法華堂)が建てられたという記録が残されていました。長年その正確な場所は謎に包まれていましたが、平成17年(2005年)の発掘調査によって、四方約8.4メートルの建物跡の遺構が発見され、ここが義時の法華堂跡であることが証明されました。現在は、「北条義時墓(ほうじょうよしときのはか)」とわかるように、案内板が設置されたり、発見された柱の跡などが木杭とロープで分かりやすく表示されています。
20260502鎌倉殿の13人で小栗旬が演じた北条義時の墓が平成になってからの発掘で見つかったというのは驚き。
源頼朝墓の東隣の山から2017年建物の遺構が発見されました。発掘調査の結果、この場所に一辺が8.48mのお堂が建っていたことが明らかになりました。また、調査では瓦が出土していることから、建物は瓦葺であったと考えられます。一緒に出土した土器の年代から、建物は13世紀末から14世紀初頭頃には使われなくなっていたこともわかりました。発見された遺構の位置が、鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』に記載された頼朝墓からの方位や地形と一致したことから、遺構は北条義時が祀られていた墳墓堂「北条義時法華堂」の跡であると推定されています。遺構は保護のため、発掘調査後に埋め戻し、遺構の上に、発見された礎石や柱穴、雨落ち溝の跡が木杭等で表示されています。法華堂とは、武家が祖先を祀るために建てるお堂のことです。こちらには、奥側へ進むと江戸時代に整備された毛利季光(すえみつ)、大江広元、島津忠久の3人の墓所と三浦一族を供養するやぐらがあります。2列の石段が並び、その石段の上には向かって左から毛利季光、大江広元、島津忠久の3人が祀られています。墓所は、もともと古墳時代後期に造られた横穴墓であったものを、島津氏及び毛利氏が転用したものです。三浦一族のやぐらでは、宝治元年(1247年)の宝治合戦で自害した三浦氏一族の供養が行われています。鎌倉幕府の有力御家人であった三浦氏は、執権を務める北条氏と対立しました。宝治合戦で5代執権北条時頼に攻められた三浦泰村以下一族276人は、源頼朝法華堂にこもり、自害したと伝えられています。
北条義時の墓と書いてあるが墓がどれかはわからない。法華堂と共に失われたのであろう。しかしこの場所はすぐ横に三浦一族のやぐらや、更に上に上がれば大江広元、島津忠久、毛利季光の墓と中々歴史的な場所であり、観光客は少ない、ほぼいないが歴史好きには必見である。
鶴岡八幡宮から住宅街を少し歩いた所の高台にひっそりとあります。主君の頼朝のお墓からは徒歩1分くらい。肝心のお墓は石碑などが建っている訳でもなく、雑草生い茂る草っ原。大河ドラマで認知度や人気も上がりましたが、本来はダークヒーロー的なキャラ。国学などからなる皇国史観だと足利尊氏と同様、逆賊扱いなのが不憫ではある。後に反乱を起こすも敗れて自決した三浦一族もすぐ近くに弔われています。
移動していると、20mほど先にいたお婆様が、こちらを向いて手を合わせ、深々とお辞儀をされていらっしゃいました。ご一緒していた相手に伝えると「行ってみよう」とのことで階段を登ります。すると私よりも相手の方がこの空間を気に入っていました。急な階段が続きましたが、一緒に訪れた相手が気に入っており、目的地ではない場所を知ることができてよかったです。休日の17:30頃でしたが、私たち以外に訪問者はおらず、静けさに包まれた空間でした。
2024年3月29日に訪れました。第2代執権北条義時の墓所である法華堂の跡地です。北条義時は、貞応3年1224年に亡くなり、この地に葬られました。平定17年2005年の発掘調査で、その遺構が明らかにされました。
第二代執権であった北條義時公を祀った法華堂の跡です。源頼朝の墓所の東隣りの山の中腹にあり、今は法華堂があった場所を示す発掘跡があります。3D ARアプリで法華堂を再現して見ることができるようになっています。敷地内に三浦一族のやぐらもあり、石段を登ると大江広元の墓所があります。
大河ドラマで有名になった、鎌倉幕府2代執権北条義時の墓があったで在ろうとされる場所です。墓と言うと墓石を想像しますけど法華堂を建立して、そこに遺骨を納めた型式の墓だったので、法華堂が無くなってしまった現在、墓そのものが存在しません。写真で観てもわかるようにこの広場みたいな所に、北条義時の遺骨を納めた法華堂が建っていたと想像するしかありません。源頼朝、大江広元の墓が、墓石として存在してるだけにちょっとねぇ、まぁ、墓そのものが行方不明と言うより良いのかといった所ですかね。
| 名前 |
史跡法華堂跡(北条義時墓) |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
源頼朝の墓には現在も石塔が残っていますが、北条義時の法華堂跡には建物や石塔は残っておらず、現在は緑に囲まれたさら地になっています。頼朝のすぐ隣に、臣下だった執権・北条義時が墳墓堂を構えたところに頼朝へのリスペクトを感じます。