多治見国長邸跡で歴史探訪!
多治見国長邸跡の特徴
多治見市銀座商店街に位置する歴史的なスポットです。
多治見国長邸跡で歴史的な説明が豊富に楽しめます。
美濃守護土岐頼貞の一族が関わった遺跡として興味深いです。
アーケード街のひと休みスポット☕いろんな説明があって勉強になります🤓
多治見国長邸の跡らしいのですが、現在では石碑のみで確認するかたちになります。商店街の中に突然ある感じでちょっとビックリ。
2025年10月11日さわやかウォーキングの途中で立ち寄りました。説明板の内容はこちら。多治見国長邸跡岐阜県記念物(史跡)昭和32年3月25日指定多治見四郎次郎国長は美濃国守護土岐頼貞(ときよりさだ)の同族で、頼貞の十男頼兼(よりかね)とともに後醍醐天皇の鎌倉幕府討幕計画に参加しました。これは後醍醐天皇の近臣・日野資朝(ひのすけとも)の招きによるものといわれています。しかし計画は一族舟木頼者(ふなきよりはる)の妻の密告により露見し、正中(しょうちゅう)元年(1324)9月19日に国長の宿所であった京都錦小路高倉の邸は、六波羅探題(ろくはらたんだい)の軍勢3千騎に包囲されます。国長は若党20余人とともに勇敢に戦った末、中門で互いに刺し違えて非業の最期をとげました。これを正中の変といい、「増鏡」や「太平記」等に記されています。国長が後醍醐天皇から授かったという伝承のある腰刀の拵(こしらえ)(文化庁所有・重要文化財)が京都国立博物館に保管されています。令和2年1月 多治見市教育委員会。
多治見四郎次郎国長邸跡多治見市銀座商店街にて。#正中の変#日野資朝#舟木頼春の妻の密告。
| 名前 |
多治見国長邸跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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美濃守護土岐頼貞の一族である多治見次郎四郎国長の館跡。特に遺構は残ってないが、跡地に多治見銀座地蔵が設置され、公園となっている。