多治見市の由緒ある神社。
新羅神社の特徴
御朱印を500円でいただける、リーズナブルな神社です。
素戔嗚を祀る神社で、神話の世界に触れられます。
多治見市で有名な金弊社巡りの一環として訪問可能です。
月初めの神社参りで始めて訪問しました。歴史を感じる佇まいでよい神社だと思います。
2025年10月11日さわやかウォーキングの途中にあったので寄りました。説明板の内容はこちら。新羅神社社殿 附 陶製灯籠・棟札新羅神社は、旧多治見村の産土神(うぶすながみ)として古くから信仰を集めてきました。現在の社殿は、嘉永元年(一八四八)に建立されました。本殿と拝殿の間を幣殿(へいでん)で一列につないだ権現(ごんげん)造りです。素木(しらき)の彫刻が多用された江戸時代後期の典型的な様相を示す、市内における代表的な神社建築として重要なものです。拝殿の向拝柱(こうはいちゅう)正面には龍の彫刻が施されたアーチ形の虹梁(こうりょう)が架けられ、社殿全体にもさまざまな意匠の素木の彫刻が施されているなど、きわめて壮麗な装飾に目を奪われます。また、本殿の縁に四手先(よてさき)の組物(くみもの)が用いられるなど、技巧が凝らされた構造が特徴となっています。拝殿前の陶製灯籠一対は瀬戸で焼かれたもので、全面に長石釉が施されています。安政五年(一八五八)の奉納で、市内の年代の古い陶製灯籠は数少なく、貴重です。また、棟札は正保三年(一六四六)から昭和十三年(一九三八)までの三十一枚が残されています。そのうちの弘化四年(一八四七)の棟札から、社殿の彫刻が尾張藩の御彫物師だった早瀬長兵衛(はやせ ちょうべえ)一族の手によるものだと判りました。
暗渠に貫かれた由緒ある神社です。西ヶ原遊郭の中心に位置しており、恋愛成就などのご利益があるようです。
先日、初めて新羅神社へ参拝に伺いました^^こちらの神社は、住宅街の中にある印象です。駐車場に行くまでに道を間違えてしまい、更に住宅街に入ってしまいました^^;1月2日だったこともあり、道路から駐車場に入るまでに数分待ち、ようやく停車できました^^駐車場は、県道沿い(大鳥居東) に20台ほど停めれるかと思います^^(2024年1月2日時点の情報です)やや小さめの駐車場のため、出入りされる際は、譲り合いが必要です☺新羅神社までにかかる時間のおおよその目処は以下がご参考になるかと思います^^❏ JR中央線「多治見駅」から徒歩約15分❏ 中央道多治見インターから約15分境内には大切に祀られた『恵比寿様』と『大黒様』がいらっしゃいました。 恵比須様は鯛・大黒様は立派なお腹を擦ると、願いが叶うそうです^^楽しいですね♪こちらの恵比須様と大黒様のお陰様もあり、初えびすにはたくさんの人が訪れるそうです☺当初、『八王子神様』の一柱を御祭神とされていましたが、鎌倉時代に全国の武士から信仰されていた武運の神である『八幡神』を併せて祀るようになったそうです^^その後、室町時代に現在の京都府中南部から、主祭神として『素戔嗚尊様』を分霊としてお迎えし、新羅大明神・新羅三社宮と呼ばれていました。現在の新羅神社と社号を改めたのは、明治時代に入ってからだそうです^^先日伺った際も雰囲気を見て感じましたが、長年に渡り、地域皆さまに愛されて大切にされている神社だと思います^^是非♡恵比須様の抱えてみえる鯛と大黒様の立派なお腹を擦っていただいて、願いをされてみてはいかがですか☺擦らせて頂けるだけで、幸せな気持ちになります♡多治見へ行った際は、また是非伺いたい素敵な神社さんです^^
御朱印(500円)いただきました。色々な種類の書置きの御朱印があり、七五三をしている家族がいたりして賑わっていました。
御祭神は、素戔嗚。境内は温かい雰囲気。拝殿に、陶器の額が掲げられており、多治見らしい雰囲気を感じました。本殿横に西宮神社の恵比須様と大黒様がお祀りされていました。
R6.6.30可児に用事があったので何気なく寄ったら、雨の中人集りが。たまたま茅の輪くぐりのまつりの日だったらしく列の最後尾について潜ることに。岐阜県の神社庁の催しなのか夏詣といたるところに書いてありました。御朱印(写真一番左)もこの時期ならではの物です。花手水はこの時期だけなのか通年なのか定かではないです。
素戔鳴尊を祀る神社。家内安全祈願をしましょう!!多治見市役所方面に向かったて偶然立ち寄った。駐車場もあって有り難い。恵比寿様と大黒天様の像があり鯛とお腹に触れてから願い事をすると良いらしい。
多治見の金弊社の神社。屋根などの形が立派。スサノオノミコトをまつってる。あと恵比寿さまの石像があって微笑ましくかわいかった。
| 名前 |
新羅神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0572-22-1658 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~16:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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最初奈良時代前期より鎮座し、平安時代前期頃より田只味(多治見)郷の産土神として田只味明神(八王子神)を祀る。次に鎌倉時代八幡大神を合祠し土地の豪族多治見氏を始め多くの崇敬を集めて社殿も改まり、神威も加わりしが正中年間、後醍醐天皇の御代天皇側に付きし多治見国長公の挙兵失敗に伴い次第に衰微した。しかし室町應永年間に至り新たに山城国より素戔嗚命を勧請し新羅三明神として幕末に至る。明治以降新羅神社となり、今日に至る。