源義経が記した腰越状の地。
満福寺の特徴
源義経が腰越状を書いた由緒あるお寺です。
街の喧騒を離れた歴史的な超絶景スポットです。
江ノ電を間近で楽しめる位置にあるお寺です。
入館料が大人200円子供100円でした。若干地味だなー。と、失礼ながら思っていましたが面白い物もいっぱいありました。鎌倉巡りをしていた私の中では他にあまりないお寺でした。行く意味はあるかもしれません。
令和7年7月7日★福に満たされますように…★凄く素敵なお寺でした。
源義経ゆかりのお寺。平家討伐の後、ここで兄頼朝に宛てた手紙がありました。悲劇の舞台ではありますが、天井の鎌倉彫りや、襖の絵など、時空を越えた感覚を味わえました。鎌倉が観光名所として、混雑する理由が、こういったとこなのか?と思いました。まだいらした事がない方、❤️❤️❤️おすすめのお寺です❤️❤️❤️
鎌倉市腰越にある真言宗大覚寺派のお寺。兄源頼朝の怒りを買い鎌倉入りを拒まれた源義経が家臣の弁慶に書かせた頼朝に許しを求めた腰越状が書かれたのがこのお寺です。しかし頼朝の許しもなく勝手に朝廷から官位を貰ったことも書かれていた為更に怒りを買いその後両者の対立が決定的になった場所でもあります。境内には義経と弁慶ゆかりの史跡がいくつもあり歴史好きや義経ファンなら喜ぶこと間違いなしです。特に義経と腰越状を書く弁慶の像は腰越状の文字まで彫られていて面白いです。御朱印は薬師如来、千手観音、弘法大師の3種類を頂けます。お寺の前に江ノ電の線路があり電車からお寺を観ることも出来ます。
義経弁慶ファンの方は是非お越しください。以前から一度拝観したいと思っていたお寺様です。今日、念願が叶いました。こちらには義経が頼朝に宛てて書いた腰越状の下書きを書いた弁慶のそれが展示されています。弁慶が書いた直筆の文書です。あの弁慶のですヨ!?鎌倉に行き、頼朝に面会を願い書いた腰越状の下書きがこちらに展示されています。この情報を得て是非、拝観したいと思っていました。力強い筆の文書がそこに有りました。感動です。辰年数回を越えた義経ファンの母に是非拝観したいと思っていた願いが叶いました。下書きや細かい事は是非訪れていただきたいと思います。あえて注意申し上げますと、襖、天井絵が鎌倉彫りに漆塗りを施した名作だということ、その内容が義経、弁慶、静御前の生涯についての物だということ事です。PS江ノ電の南有る小動神社の上部に有る展望台に行って見てください。但し、昼食を召し上がるにはもってこいのロケーションですが頭上のトビ、カラスにはご注意を、以前一緒にここで昼食をとっていた友人がサンドイッチをトビにさらわれました。
平家を滅ぼし鎌倉に凱旋しようとした源義経だったが、兄の頼朝に疎まれて鎌倉入りを果たせずここ満福寺に留められた。釈明の手紙をしたためたが、受け入れられることはなく京都まで引き返すこととなった。
源義経が腰越状を書いた場所。局所に義経や弁慶の由縁があるものや襖絵があります。
大河ドラマ鎌倉殿にハマり源義経が鎌倉に入れずここから手紙を書いた場所というので訪れました江の電の路面電車区間から海に出る直前の路地にあるので結構わかりにくい場所にあります駐車場はわかりませんが車だと結構細い道になります弁慶と義経の石碑があったり素敵な御朱印を書いて頂いたりしてとても良かったですまた階段の下は江の電が走っているので時間が会えば江の電も見れます。
源義経と武蔵坊弁慶の腰越状の舞台となったお寺。こちらは、鎌倉時代の有名な出来事である、腰越状の舞台となったお寺です。1185年5月に源義経公が源頼朝に会いに来た際、腰越で足止めを食らい、源頼朝に怒るのを辞めて会いにゆくのを許して欲しいとの文をこの地で書いて、この公文所別当である大江広元に差出したのが腰越状です。しかし大江はこの文の趣旨を頼朝に伝えなかったので義経公は頼朝に会えず京都へと帰ったそうです。ということで、この満福寺には源義経公や武蔵坊弁慶にまつわる見どころが満載となっております。拝観料を払ってお寺の中に入ると、義経や弁慶の姿を描いた屏風絵や義経の家紋の入った甲冑や、腰越状も展示されており、見ることができます。また、義経や弁慶にまつわるお守りや、腰越状の写しと現代語訳なども販売されております。交通は江ノ電の腰越駅から徒歩約7分ぐらいです。
| 名前 |
満福寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0467-31-3612 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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かっこいい御朱印頂けました!授与所のお姉さんが話しやすかったです。