源氏ゆかりの静かな境内。
由比若宮(元八幡)の特徴
鎌倉の歴史の始まりとされる、由緒正しい神社です。
鶴岡八幡宮の移設前の位置にある神社なので訪れる価値があります。
源氏と深いつながりを持ち、静かな住宅街の中にひっそりと佇んでいます。
源頼義が、京都の石清水八幡宮を勧請して創建しました。奥州戦線からの帰途、戦勝への感謝を込めて、現在の鎌倉市材木座に祀ったのが始まりです。その約120年後の1180年、源頼義の子孫である源頼朝が鎌倉に幕府を開く際、信仰の中心地を現在の鶴岡八幡宮のある場所へ移しました。信仰の中心は鶴岡八幡宮に移りましたが、「元八幡」すなわち「元の八幡宮」として、頼義が創建した当時の場所(材木座)に静かに佇んでいます。まさに鎌倉時代誕生の原点を感じられるスポットです。
2025年5月4日参拝。鶴岡八幡宮が今の場所に移動する以前に鎮座していたところにある神社で閑静な住宅街にあります。私が参拝した時は他に観光客はいなかったので物静かにお参りできました。御朱印をほしい人は隣の社務所のチャイムを押すと対応してくださいます。
鎌倉駅・東口から若宮大路を横切り、鶴岡八幡宮とは反対方向に歩き、鎌倉郵便局とスルガ銀行 鎌倉支店の間の道を進むと、右側に本覚寺があります。本覚寺を過ぎて滑川にかかる夷堂橋 (えびすどう ばし) を渡り小町大路を右へ進みます。最初の信号 (大町四ツ角) を過ぎ、さらにまっすぐ進み、JR横須賀線の踏切を渡ってすぐ右側に路地があります。その路地を入ると 石清水の井 があり、その先に由比若宮があります。鎌倉駅から徒歩25分くらい。八雲神社や教恩寺などを参拝しながら、材木座の光明寺へ歩いてゆく途中に寄りました。大町四ツ角 交差点を過ぎると、観光客の数はめっきり減り、普通の住宅街のようになります。鎌倉駅の周辺の喧騒とはうって変わって、のんびり静かに街歩きができます。なお、石清水の井 の裏手に、1918 (大正7) 年から一年間ほど新婚だった芥川龍之介が住んでいたそうです。ここから横須賀の海軍機関学校まで通っていたのでしょうか。由比若宮は、1063 (康平6) 年に源頼義 (みなもとの よりよし) が 前九年の役 に勝利したのち、京都へ戻る途中に鎌倉に立ち寄り、この地に源氏の氏神である石清水八幡宮を勧請したのが始まり。後に源義家 (みなもとの よしいえ / 八幡太郎) が、後三年の役 の戦勝祈願をして社殿を修復。1180 (治承4) 年、源頼朝が鎌倉に入り現在の鶴岡八幡宮の場所に移しました。ここが鶴岡八幡宮の元となったので元八幡とも呼ばれますが、由比若宮が正しい名称。もともと、1028 (長元元) 年に房総半島で起こった 平忠常の乱 (たいらの ただつねの らん) に、源頼信 (みなもとの よりのぶ) と頼義の父子らが朝廷から派遣され乱を平定した際に、坂東平氏の多くが源頼信の配下に入り、源氏が東国で勢力を広げるきっかけになっていました。そして、この地は代々、源氏一族が治めていた場所で、由比郷鶴岡 (ゆいごう つるがおか) といいました。大木が何本かあるものの、境内はかなり狭く、お社は小さくて、何となく鶴岡八幡宮にある丸山稲荷社を彷彿とさせ、境内は掃き清められており、清浄な雰囲気。鶴岡八幡宮の柳原神池 (やないはら しんち) の近くには由比若宮 遥拝所もあり、ここ由比若宮も鶴岡八幡宮の境内と同等の扱いのようで、毎年4月2日には例祭が執り行われます。御朱印は、どこで貰うのかわからず探したら、鳥居に向かって左側にあるお宅の神社に面したところが、臨時の授与所のようになっていたので、インターフォンを押したところ応答があり、御朱印をいただきたい旨伝えたところ、快く授与所のようになっているところを開けて、対応していただきました。書置きでの対応のみのようですが、墨が裏面に滲んでおり、墨の香りもしており、きちんと手書きされたものでした。
令和7年11月14日に鎌倉駅を降り、鶴岡八幡宮の参拝の前に元八幡から巡ることを決めており、参拝しました。入口に赤い車止めが置いてあり、立ち入り禁止なのかと思い、宮司の方の家のインターホンを押して、参拝の許可を確認してしまいました。石清水の井を写し忘れたことが心残りとなります。由比若宮 御由緒鶴岡八幡宮境内末社。前九年の役で欧州を鎮定した源頼義が、康平六(一〇六三)年、報賽の意を込め、源氏の守り神である石清水八幡宮を由比郷に潜かに勧請したことに始まる。鶴岡八幡宮の元となったことから元八幡とも称される。祭神 応神天皇例祭日 四月二日 毎月三日(摂末社月次祭)由比若宮創建以前、鎌倉は郡衛が置かれるなど古代東国の要地で、源頼義以来、源家相伝の地としてあった。源頼義は勅諚により欧州に安倍貞任を征伐した時、丹祈心遭って潜かに康平六(一〇六三)年秋に石清水八幡宮を勘請し、瑞籬(みずがき)を営み、永保元(一〇八一)年には源義家が修復を加えた。その後治承四(一一八〇)年十月、源頼朝公が鎌倉に入ると、この社を遥拝し、神意を伺って、現在の鶴岡八幡宮の場所である小林郷北山に遷した。社頭には義家旗立松があり、近くには石清水の井がある。
前九年の役で知られる源頼義が、山城国(現在の京都府)の石清水八幡宮に戦勝を祈願して前九年合戦で奥羽の豪族安倍氏の討伐に成功します。康平6年(1063)、頼義は京都への帰路で鎌倉に立ち寄り、由比郷鶴岡(現材木座)のこの地に源氏の氏神である石清水八幡宮の御祭神の御分霊を潜(ひそ)かに祀(まつ)ります。後に源頼義の息子の八幡太郎義家こと、源義家が後三年の役に際し、戦勝祈願して社殿を修復。その後時は移り、治承4年(1180)、源頼朝は鎌倉に入り現在地に鶴岡八幡宮を遷(うつ)します。ここは鶴岡八幡宮の元となったのでまたの名を元八幡とも呼ばれます。
鎌倉散策で参拝。落ち葉集めでお忙しい年末に、丁寧に御朱印の対応をしてくださいました。ご対応くださりありがとうございました🙇
現在の鶴岡八幡宮はここから移設されたようです。住宅地の中にある小さな神社です。
5年前から鎌倉通い。3年前にその存在を知り、妙法寺の帰りにお詣りをと思ったが、道に迷い叶わないままに終わっていた。桜の季節の若宮大路を歩いたことがなかったこともあり、グーグルマップと言うアイテムを使用することで念願を果たした。
鎌倉の歴史はここから始まった、と言っても良いくらいの由緒正しい神社です。大人気の鶴岡八幡宮と比べると地味で人気も無いですが、なんだがほっこりする良い神社でした。すぐ近くのしめ縄をした民家を訪ねると、書置きですが500円で由比若宮の御朱印を授与頂きました。良い参拝記念になりました。
| 名前 |
由比若宮(元八幡) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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早い時間に訪れたので全く人に会わず、奇麗に清掃された境内をゆっくり拝見することができた。木の本数が多くなく枝も伐採されているようで、陽光が注ぎ込みかなり開放感がある。由緒書きが置かれており、神社の歴史等を知ることができる。鎌倉町青年団の石碑も置かれている。青年団の石碑には、、源頼義、義家、頼朝のこの神社との関りが記されている。1063年創建とかなり古いが、現在の社殿がいつ竣工されたのかについては知らない。鶴岡八幡宮に遥拝所がある(最後の画像)。