歌枕の地で歴史を感じる。
末の松山の特徴
樹齢約500年の松の木が2本立つ小高い丘です。
平安時代から知られる末の松山の歴史が感じられます。
百人一首に詠まれた、和歌ゆかりの名所として訪れる価値があります。
「新しい東北」は、若者が震災復興の学びを次へつなぐ官民連携の取り組みです。全国の学生が多賀城高等学校の学生と街歩きを行いました。古くから歌に詠まれ、「決して波に浸食されない」とされた伝説の地、末の松山。2011年3月11日の津波は、この地に達し、私たちに震災の教訓を深く刻みました。この動画は、多賀城高校の生徒たちが実施する「つなみ伝承まち歩き」の様子です。生徒たちは、末の松山を訪れた大学生たちに、震災当時の状況や、そこから得られた「命を守るための教訓」を自らの言葉で伝えています。熱心にガイドに耳を傾け、写真を撮り、学びを共有する大学生たちの姿は、震災の記憶が次世代へと確実に受け継がれている証です。末の松山が象徴する教訓を胸に、高校生たちの真摯な活動と、学びを深める学生たちの姿から、防災意識と地域への想いを感じ取ってください。#末の松山 #多賀城 #東日本大震災 #震災伝承 #防災 #復興 #多賀城高校 #つなみ伝承まち歩き #高校生の活動 #大学生の学び #地域ガイド。
古くは古今和歌集や源氏物語にもその名が出てくる古の歌枕の地、末の松山です。松の巨木がただただ圧巻です。津波でも越すに越せない大きな存在として都の人々に知られていたようです。その後松尾芭蕉も訪れています。
推定480年の黒松に圧倒されました。芭蕉翁も見たに違いない黒松、近くの民家のブロックに東日本大震災の津波が到達した痕跡が残っていました。
沖の石から歩いて2分で行けます。お寺の敷地内にあります、樹齢450年の立派な松の木です。
#念願の歌枕の地、やっと来れました。以前来た時は、駐車場が見つからず、素通りせざるをえませんでしたー お寺と住宅地の間に辛うじて残っています。小道に左折する付近にきちんとした駐車場があるんです。トイレも完備しています。みつけられませんでした!#清原元輔が契りきなかたみにそでをしぼりつつ末の松山波こさじとはと詠みました^^ 清少納言の父です!
ここは平安時代にすでに観光地として知られてたらしいななにも知らなかった自分が恥ずかしいです💦要はこの松山が津波に呑まれるようなことが起きたら世は終わりってことやな実際前の大震災の折りも津波はここまで到達せんかったらしい!いやはや…昔の人の着眼点はほんまに素晴らしいです。
近くで見ると松の大きさに驚きました寶國寺の奥の小高い丘にあります民家も近いので、マナーを守って観てください。
東日本大震災の津波も大昔の津波も決してここには到達しませんでした。近くには興石(沖の石)もあります。
こんな所にこんな史跡があるんですね。すぐ下の方に観光駐車場があるのて、歩いて見に来れますよ。
| 名前 |
末の松山 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
022-368-1141 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/bunkazai/kurashi/shisetsu/shisetsu/bunkazai/064.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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楽しむには背景知識が必要な名所。『末の松山』『沖の石』という言葉が生まれた頃は、ちょうど海岸線がこの辺りだったのではないだろうか?少なくとも『沖の石』は沖にあったはずだ。現在でも末の松山と沖の石は100 mも離れていないが、かなりの高低差がある。起伏の激しい三陸のリアス式海岸の形状が都人には珍しく、『海の近くにあるのに波が越えない末の松山』という名称が生まれたのではないだろうか。と想像している。