江戸の歴史を感じる、大圓寺のパワー✨
大圓寺の特徴
江戸時代の三大大火の火元となった歴史的なお寺です。
五百羅漢石仏群や七福神がぎゅっと詰まった魅力的な空間です。
薬師如来像への金箔貼りが体調改善のご利益として人気です。
目黒駅近く、雅叙園に行く途中にあるお寺さん江戸時代の三大大火の目黒行人坂の大火の火元にもなったお寺だそうですそこまで広くないのに五百羅漢石仏群はじめ、観音さま、七福神などぎゅっと詰まって何もかも揃っていました薬師如来像には金箔を身体の治したい箇所に貼るとご利益あるそうで、社務所で3枚500円で金箔を譲り受けて貼りました。
目黒駅から ほど近い行人坂 通りにある大圓寺目黒のパワースポット✨黄金に輝く 薬師如来像に金箔を貼ると その場所の体の不調が治るとか…金箔は社務所で授与されているそうです。
目黒駅から左手方向の横断歩道をわたり、直進して行人坂を下るとあります。ここは驚くほど急な坂道なので歩きやすい履き物でおでかけになることをおすすめします。2025年8/23土曜日 国指定重要文化財である釈迦如来立像の特別開帳、大黒天ご縁日も行われるようです。(写真)商売繁盛や出世開運にお利益がある大黒天さまが祀られていることで有名。悩みをとろけさせて解消するという「とろけ地蔵」さまに癒されました。
江戸初期の元和年間(1615〜23年)に大海法印という方が、この地に祈願道場破り開いたことが始まりとされています。目黒駅から徒歩数分のところにありますが、境内は閑静としていて、落ち着いてお参りできます。御朱印も丁寧に直書きでご対応いただけました♪
【巡礼/御朱印巡り】◉寺社 大園寺 📍東京都目黒区下目黒江戸🏯裏鬼門に位置し、徳川家康をモデルとした大黒天を祀る「大園寺」へ参拝しました。12時40分に参拝で境内には大勢の参拝者が訪れています。🛕松林山 大園寺(大円寺/通称:大黒寺)☆山号 松林山☆寺号 大園寺☆宗派 天台宗☆御本尊 釈迦如来☆御由緒江戸初期の元和年間(1615〜23年)頃に、奥羽・出羽三山の1つ湯殿山の修験僧大海法印が大日如来一字金輪仏を奉じて山を下り、目黒の地に祈願道場を開いたのが始まりとされています。☆五百羅漢石仏群江戸三大大火の一つ「目黒行人坂の大火」は明和9年(1772年)うるう年の2月29日に寺の放火により、江戸八百八町のうちおよそ六百三十町を焼き尽くし、死者は数千〜一万人以上と伝えられています。この大火で亡くなった人々を供養するために釈迦三尊などを中心に520体ほどの石仏群が建立されています。☆釈迦如来立像建久4年(1193年)京都嵯峨の清凉寺に伝わる釈迦如来立像を模して作られた像。昭和32年(1957年)に行われた解体修理の際、胎内から白銅製の菊花双雀鏡、女性の髪、紙片、木札などが発見された。☆薬師如来像自分や家族の身体で気になる所へ金箔を貼り、病や怪我の平癒を祈ります。🍙金箔は3枚セットで500円☆八百屋お七と吉三郎(西運)本郷駒込町に住む八百屋の娘お七は天和2年(1682年)に起きた大火事の際、避難先の円林寺で吉三郎という18歳になる僧と会い恋仲となりました。避難生活が終わりお七が家に帰る事となり、離れ離れなった為お七は吉三郎会いたさに「もう一度火事になねば、また吉三郎にあのお寺で会える」と自宅に火をかけてしました。お七は捕らえられ鈴ヶ森の刑場で火あぶりの刑となり、悲しんだ吉三郎は西運と名を改めてお七を弔いました。(諸説あり)☆元祖山手七福神巡り目黒区と港区にまたがる約5Km程のコースで所要時間2時間ほどと気軽に回れるコースとなっており、七福神の一員である大黒天が祀られています。◉感想/ルート目黒駅からほど近く正面口(中央口)から行人坂を下って行くと左手にあります。お寺入口には立派な寺号碑や大黒天の標柱などが並び山門を潜り中に入れば多くの参拝者(海外の方々も沢山います)で賑わっています。境内はそれほど広くは無いのですが山門左側から手水舎・五百羅漢石仏群・とろけ地藏・釈迦堂・本堂・薬師如来・寺務所・八百屋お七の石碑・阿弥陀堂と続き、右側からは庚申塔群・行人坂敷石造道供養塔・みがわり地蔵尊・納札所・鐘楼堂・観世音菩薩・六地蔵と続き様々な参拝場所や見どころが盛りだくさんです。最後に寺務所にて手書きの御朱印を快くいただきました。ありがとうございました。◉所在地東京都目黒区下目黒1-8-5◉アクセス🚊JR東日本山手線/目黒駅正面口(中央口)から163m、徒歩3分位。◉拝観時間冬季(1月〜5月、10月〜12月)開門7時〜閉門17時(年中無休)夏季(6月〜9月)開門7時〜閉門18時(年中無休)
雅叙園にむかう行人坂にあるので、つい足を止めてお参りするひとがたくさんいそう。仏像に500円払って金箔をはらせる、というのをやっていたが、なんか金満趣味で少し引いた。
1624年創建。本尊は釈迦如来。湯殿山修験道の行者・大海が創建したと言われており、江戸時代の街に大きな被害を及ぼした明和の大火と行人坂大火の出火元であったことから、江戸幕府から再建の許可がおりませんでした。しかし、幕末の1848年に薩摩藩士の島津斉興の帰依を得て、その菩提寺として再建されました。境内はそれほど広くありませんが、行人坂大火の犠牲者の追悼のために作られたとされる520もの仏像によって成る大円寺石仏群や、身体の気になる部分と同じ場所に金箔を張って祈願する薬師如来、悩み事を「とろけさせる」と言われている「とろけ地蔵尊」など見どころたくさんです。写真はありませんが、八百屋お七にちなんだお地蔵もあります。にしても八百屋お七にちなんだ仏像は東京中にありますね。
20241208途中下車の多い歯医者弾丸ツアーに出かけました!13:00に上野の歯医者を予約したので、せっかく電車で出かけるので御朱印帳を持って8時にレオパレスを出発、稲城長沼駅から南武線に乗り武蔵溝ノ口駅で乗換のために下車、先ずは溝口神社、桜神宮で参拝を済ませ、次は田園都市線に乗り渋谷駅で山手線に乗換え目黒駅で下車、次は「大圓寺」に向かいます!目黒駅西口を下りると急な坂「行人坂」があり、坂の途中に大圓寺があり、徒歩約5分で到着しました!元祖山手七福神「大黒天」大圓寺が今日一番行きたかったお寺です!大圓寺は江戸城裏鬼門にあたる為に、本堂には徳川家康をモデルにした大黒天を祀っています!境内は大きなキャリーバックをガラガラと引っぱる若い女性が多い!一瞬で写真を撮影し、次の目的地に移動して行きます!混んではいるのに、待ち時間はなく、静かにお参り出来ました!本堂、阿弥陀堂、とお参りを済ませ、寺務所で直書きと書置きの御朱印各2種類ずつ拝受致しました!神社の御朱印は大行列なのに、お寺の御朱印は貸し切り状態って不思議に思えます!ジジイは、痺れる様な墨字の御朱印に出会えると幸せな気持ちで頑張れるのですが・・・・・💦大圓寺の書置き御朱印も痺れます・・・・・❤松林山 大圓寺(大円寺|通称:大黒寺):東京都目黒区下目黒1丁目8番5号御本尊:釈迦如来御由緒:行人坂は、江戸市中から目黒不動尊への参詣路だったそうです!行人坂の名は、大円寺を拠点にする修験道の行者が、この坂道を往来した事によるそうです!寺伝では、寛永元年(1624)出羽湯殿山の修験僧大海法印が大日如来を本尊として道場を開いたのが始まりなのだとか!明和9年(1772)寺より火を発し、江戸市中628町に延焼した「振袖火事」車町火事と並ぶ江戸三大火事の一つになり「行人坂火事」として安永元年と年号も改められた 幕末になって薩摩藩島津氏の菩提寺として再興されたそうです!門を入った左手にある五百羅漢の石像(都有形)は、この大火の犠牲者供養のために当時につくられたものと伝えるられています!境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑がおさめられているのだとか!大圓寺が江戸城裏鬼門にあたる為に、正面本堂には徳川家康をモデルにしたと伝わる「大黒天」を祀っています!
境内左側釈迦堂の本尊釈迦如来立像(国重文)は、鎌倉初期の清涼寺式生身の釈迦像であり、胎内に五臓六腑がおさめられている。正面本堂には、江戸城裏鬼門にあたる為徳川家康をモデルに大黒天を祭る。山手七福神の一つで、今日でも参詣者を集めている。阿弥陀堂には弥陀三尊が祭られお七地蔵の木彫もある〜天台宗東京教区の公式サイト抜粋国の重要文化財、都の重要文化財に指定されている。本堂側の《薬師如来様》御蔭を頂けるよう、金箔を社務所で購入(500円)して、貼ることができます。平日ながらたくさんの参拝者が訪れていました。目黒駅西口から行人坂を下ると、徒歩3〜5分です。
| 名前 |
大圓寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3491-2793 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 7:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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目黒の行人坂中ほどにある天台宗の寺院で、江戸時代の初めに創建されました。ご本尊は重文の釈迦如来ですが、江戸城の裏鬼門守護のために奉安された開運出世大黒天が有名です。山手七福神の一つであり、大黒寺とも呼ばれます。江戸三大大火の一つ行人坂の火事の火元としても有名で、境内にある犠牲供養として造営された五百羅漢は壮観です。また、振袖火事で知られる八百屋お七と吉三に縁の像や歴史的な石碑・石塔などが存在する、江戸の歴史がつまったお寺です。場所は、大手芸能プロダクションの一つホリプロのはす向かいです。