大正時代の総理大臣、加藤高明の墓参り。
加藤高明は大正時代の総理大臣。三菱財閥副支配人から外務官僚へと転身、親英派外交官として日英同盟締結に尽力した。第二次大隈内閣では外務大臣として対華21ヶ条要求を出したことにより各界から批判を受けることとなる。その後憲政会の党首となり苦節十年と呼ばれる野党時代と第二次憲政擁護運動を経て総理大臣就任、治安維持法発布・宇垣軍縮などを実行した。加藤内閣の外交方針は幣原外交として知られる。総理大臣在任中に病死。そんな加藤の墓であるが本人の墓の他に数基の墓石あり。お地蔵さんも設置されているが由来不明。墓地は落葉がそのままなのに加え伐採した枝の束が数年前から放置されている。憲政の常道を確立した宰相の墓なのだからもっと手入れしてもらいたいところ。
名前 |
加藤高明の墓 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
4.5 |
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総理大臣加藤高明の墓。第二次護憲運動、清浦奎吾の次に総理大臣になりました。