人見道生の邸宅地を訪ねて。
大塚先儒墓所の特徴
徳川秀忠や頼房に仕えた人見道生の邸宅地です。
葬儀は儒教式で行われた歴史ある墓所です。
皇族の豊島岡墓地に隣接した立地が特徴です。
この場所は、徳川秀忠や徳川頼房に仕えた儒学者・人見道生の邸宅地で、人見道生が没した際、遺言により邸内に儒教式で葬られたのがこの墓所の始まりです。また、木下順庵、室鳩巣らの有名な儒者の墓があり、徳川幕府に仕えた儒学者たちの「儒葬」による墓地となっています。また、別名は「儒者捨場」と物騒な呼び名も伝わっていますが、通常はお寺の墓地に埋葬されることが普通の時代に、お寺以外で埋葬されたことを「寺に納めずに捨て置く」といったニュアンスで「捨場」と呼んだようです。墓石が細長い「柱」状のお墓があったり、家族の墓が仲良く並んでいたり、お墓の傍に木が植えられていたり、ちょっとした公園くらいに広い不思議な空間が広がっています。以前は、管理人の方がいらしたようですが、現在は、近所の「荒才酒店」で不思議な空間に入る鍵をお借りすることができます。
種村季弘さんの著書「江戸東京《奇想》徘徊記」を読んで訪ねてみたくなり行きました。著書にも記載の通り草むした中に墓石が点在しています。護国寺の森と住宅街の中にここだけぽっかり残された往時の雰囲気が良いです。訪れる人は少なそうですが、それだけに1つひとつの墓石をじっくり見られます。
| 名前 |
大塚先儒墓所 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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皇族の豊島岡墓地の真横にあります。今の日本人には余り馴染みの無くなった儒学の先生方のお墓です。中華の至宝である儒学にはいくつかの宗教と同じく人間として今生を歩む真理がちりばめられています。大東亜戦争後の教育を受けた現代日本人が何かしらの縁で興味が湧くと沢山の先生方も心が満ちるでしょう。 入口の鍵を管理されていた吹上稲荷神社の御婆様がお空に帰られたので入口の門の鍵は近くの荒才酒店で管理しているそうです。月曜日が休みだそうです。夏場は蚊口密集地帯であり虫除けなどが必須です。