京橋の歴史と共に歩む。
京橋の親柱の特徴
京橋の親柱は、由緒ある橋の名残を留める歴史的な石造物です。
明治と大正に架けられた親柱は、江戸時代の木造橋の名残も感じさせます。
銀座の記念碑巡りに最適な、歴史を感じるスポットがあります。
交番のすぐ隣にあります。京橋って江戸時代の初めからという歴史のある名前だったんですね。
反対側の親柱の所在は知っていましたが、反対側にも親柱があるとは知りませんでした。江戸~明治~昭和と、擬宝珠で飾られた日本橋、京橋、新橋となっているとの情報もあり、なるほど~と鑑賞させてもらいました(^^)。そして、ガス塔も(^^)。
銀座の記念碑巡り④〜京橋の親柱京橋はとても由緒ある橋であったし、今尚地名としても残っている。また、メトロ銀座線の京橋駅としても馴染みが深い。江戸の頃には日本橋を出立して最初に掛かる橋であった。当然橋の下には川の流れがあったのであるが、昭和の世になって高速道路建設によって埋め立てられ、橋も撤去された。現在川も無く橋も無い中で、かつての石造りの親柱がノスタルジックに残されている。時の流れに身をまかせ、今日も人の往来を見守っているのである。
京橋の親柱。ライトアップも綺麗です。道路を挟んで向かい側に別様式の親柱があるのでお見逃しなく。
このような「歴史」を残すのも大切です。
京橋は、昭和38年の京橋川埋め立て工事により撤去されたそうですが、その名残を留める石造の親柱が残されたそうです。
明治の親柱と大正の親柱。大正のは交番とお揃(^^)v
京橋は明治になってほどなく、江戸時代の木造の橋から石橋へと架け替えられました。その時の親柱と大正に入ってから設置された照明設備つき親柱がこの地にに残されています。川が埋め立てられて京橋は撤去されました。隣にある交番の形も何かしら京橋の親柱をかたどってるようにも思えます。
1959年(昭和34年)に京橋川は埋め立てられ、それにともない京橋自身も親柱を除き撤去されることとなった。現在は河川の埋め立て箇所に東京高速道路が敷設されており、日本橋同様に京橋跡の直上を通っている。
名前 |
京橋の親柱 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP |
https://www.city.chuo.lg.jp/kusei/syokai/tyuobunkazai/kyobashioyabashira.html |
評価 |
3.7 |
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ここから銀座方面に煉瓦造りの近代建造物が並んでいたのかと思うと感慨深いです。床の「フランス積み」の煉瓦も要注意です。