大黒山宝生院で 祈願成就の七福神。
宝生院の特徴
柴又七福神巡りの大黒山宝生院で出世や財福をお願いできます。
境内には大黒天が安置されており、願い事の参拝者が多いです。
御朱印を丁寧にいただける、親切な住職がいるお寺です。
医王寺から歩いて「宝生院」を参拝しました。 境内は非常に厳かな雰囲気に包まれており、自然と心が落ち着く空間です。七福神巡りのシーズンということもあり、多くの方が熱心にお参りされていましたが、皆様マナー良く静かに並んでおられ、私もしっかりと手を合わせることができました。こちらに祀られている大黒天様の福徳を授かれたような、清々しい気持ちになれるお寺です。 柴又の住宅街の中にこれほど凛とした場所があることに感動しました。
奥様がすぐに御朱印書いてくださいました。300円。フラフラしてると、どうぞ中へとご本尊様を拝ませてくれました!中央に本殿の大黒天、左に一般的な大黒天、右に弘法大師と教えてくれました。お顔が違いますが、どちらもとてもいい笑顔です。見事でした、、無作法してしまっていないか心配です。
七福神巡りにて訪問させていただきました。
真言宗智山派のお寺で大黒山宝生院といいます。御本尊は大黒天になります。寛永元年(1624年)常陸国大聖寺末宝生院として京橋付近に創建され下谷谷中への移転を経て明暦年間(1655年~1658年)に池之端茅町へ移転したといいます。大正十二年(1923年)の関東大震災で罹災し昭和二年(1927年)に当地へ移転しむした。御本尊の大黒天は江戸期から人々の信仰を集めていたと伝わります、柴又七福神巡りのお寺です。
1624年創建。柴又七福神(大黒天)。当初は常陸国(茨城県)の大聖寺の末寺でした。最初は江戸の京橋にありましたが、その後、下谷、池之端へと移転していきました。このお寺は大黒天を本尊としており、江戸時代は身分に関係なく多くの人の信仰を集めたそうです。関東大震災で伽藍が消失し、当地に移転してきました。住宅地の中にあり、広い敷地にお堂がポツンと建っています。
雰囲気が好きなのか、帝釈天よりこちらに来てしまう自分が居ます。近くに行くと参拝を繰り返して早10年、これからも参拝させて頂きます。
1624年創建。柴又七福神(大黒天)。当初は常陸国(茨城県)の大聖寺の末寺でした。最初は江戸の京橋にありましたが、その後、下谷、池之端へと移転していきました。このお寺は大黒天を本尊としており、江戸時代は身分に関係なく多くの人の信仰を集めたそうです。関東大震災で伽藍が消失し、当地に移転してきました。住宅地の中にあり、広い敷地にお堂がポツンと建っています。
柴又七福神巡りの大国様が奉られてます。ここ数年はコロナが原因で中の観覧は出来ないそうです。
現役で働いていた時はいつも、昇進をお願いしていました。今な昔です。いつもそばで咲いている水仙の側で写真を撮っています。
| 名前 |
宝生院 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
03-3657-0275 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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御朱印をいただきました。ご本尊様のはないそうですが、大黒天様の御朱印をいただきました。本堂を案内していただくなど、とても丁寧に対応していただきました。