聖武天皇の時代を感じる上総国分寺跡。
上総国分寺跡の特徴
約1250年前の奈良時代に建てられた国分寺の跡地がある場所です。
養老川沿いの住宅街に残る趣きのある歴史的スポットです。
毎月第四日曜日には骨董市が開催され、歴史を感じることができます。
無料で見学出来ます週末なのに閑散としています現在の国分寺は江戸中期に再建されたものだそうです茅葺きの立派なお堂がありますがこちらもかつての国分寺とは無関係です遺構としては七重塔の礎石があり、そこにかつては巨大な塔が建っていたんだと想像するとワクワクします下手にお金かけて建物を再建するより見学者の想像にまかせた方がいいと思いますよお隣の国分尼寺さん。
太い柱跡から当時の威容を感じられました。道路の反対側に無料駐車場があります。そこに駐車させていただいて、近辺の戸隠神社や神門古墳など訪れることができます。
国分尼寺跡展示館にいったついでに行きました、住宅街の中にありました、境内は静かできれいでした、江戸時代に建立された国分寺薬師堂腑厨子が奥にあります、道路に面した所に西門跡があり、柱穴があります、訪問した時は、あいにくの雨あがりでお客様は、少なめでした。
史跡であり、現役の国分寺という真言宗の寺院でもあり公園のような広場でもある。国分寺尼寺のようなつもりで来るとちょっと戸惑うだろう。散策にはもってこいだがあくまで個人寺院なのでひっそりと節度を保って参詣しよう。
薬師堂、仁王門。ギョロ目の仁王と茅葺きの薬師堂が印象的です。だだっ広い敷地内には、まだまだ色々な痕跡が想像出来ます。
上総国分寺跡 /現・上総国分寺〒290-0023 千葉県市原市惣社4-10-12養老川沿いの小高い台地の住宅地、約220mX214mの四角形の敷地に、現国分寺と上総国分寺跡が残されている。国分寺が最盛期の頃はここを中心として半径1.5Km位の円内が「上総国分寺」の領内であったろうと考えられる。尚、南170mの所に惣社・戸隠神社が存在する。東関東自動車道・館山線E14/市原IC~国道297号(市原バイパス)~約1.6Km(村上?交差点)で市原市役所・市原市民会館方面へ左折~約1Km(市原市立国分寺台中学校・北角)の交差点を左折~約400mで到着(左に駐車場、右・道向いに上総国分寺)
市原にある上総国分寺跡。建造物はほぼ残っていないが、門などはそのまま。七重の塔は残っていたら圧巻かなぁ。
今からおよそ1280年前の奈良時代、天平の世は災厄や天然痘などの疫病がまん延し、時の聖武天皇は仏教に深く帰依したと言います。平安を願う彼の命により全国に建てられた国分僧寺と国分尼寺のうちの1つが上総国分寺でした。その寺域を見ると後の世に再興された現在の上総国分寺よりはるかに広大だったようです。当時の様子は西門跡や七重塔礎跡から想像するしかありませんが、かつては僧たちが仏の教えについてここで議論を交わしていたのかもしれませんね。
住宅街の中に上総国分寺跡として残されています。当時の建物などは残っていませんが広い土地の中に後に建てられた小さな上総国分寺があります。
| 名前 |
上総国分寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP |
https://www.pref.chiba.lg.jp/kyouiku/bunkazai/bunkazai/n411-002.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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奈良時代、聖武天皇の発願で全国に設置された国分寺。千数百年を経た今も各地にその史跡が残っています。こちら上総国の国分寺跡は、現在の市原市役所に隣接する場所にあります。今も昔も、行政の中心となる庁舎が同じ場所にあるのも面白いですね。市役所を挟んで向こう側の国分尼寺跡に比べると、静かな史跡ですが、跡地には上総國分寺(医王山清浄院)が建ち、今も歴史の重みを引き継いでいるように見えます。