小野神社と縁ある矢彦神社。
正殿・副殿・南殿・北殿の特徴
歴史的背景が深い矢彦神社に位置しています。
JR中央本線小野駅から徒歩約10分の好立地にあります。
銅板葺の一間社流造の美しさが際立つ神社です。
建築の年代や棟梁は不明だが、銅板葺の一間社流造の見世棚造とのことから、小野神社本殿と似ていると言える。手前に4棟(左から、南殿、副殿、正殿、北殿)並び、その奥に1棟(明治宮)と思われる。
JR中央本線「小野駅」から徒歩約10分の国道153号線沿線で、かつては一つの神社だったと伝えられる信濃国二之宮「小野神社」(塩尻市)と同じ社叢に鎮まる「矢彦神社」(上伊那郡辰野町)は、「毛利秀頼(1541~1593/飯田城主)」と「石川数正(1533~1593/深志城主)」の領地争いから、1591(天正19)年の豊臣秀吉による裁定で「南小野」と「北小野」に分割され、神社も分けられて「矢彦神社」境内が「南小野」の飛び地になって現在に至っているという。祭神は、「正殿」に「大己貴命(おおなむちのみこと/大国主命)」「事代主命(ことしろぬしのみこと/大国主命と神屋楯比賣命の間に生まれた建御名方命の兄神)」、「副殿」に「建御名方命(たけみなかたのみこと/大国主命と高志沼河姫の間に生まれた事代主命の弟神)」「八坂刀賣命(やさかとめのみこと/建御名方命の妃神)」、「南殿」に「天香語山命(あめのかごやまのみこと/天照大神の曾孫神で尾張氏の祖神とされる)」「熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと/天香語山命の妃神)」、「北殿」に「神倭磐余彦天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと/初代神武天皇)」「誉田別天皇(ほむたわけのすめらみこと/第15代応神天皇)」が祀られる。縁起について年代は明らかでないとされているが、「社伝」では「大己貴命」の国作りにおいて、「事代主命」「建御名方命」を従え当地に立ち寄ったことに始まり、欽明天皇年間(539~571)に祭祀が整ったとされる。
| 名前 |
正殿・副殿・南殿・北殿 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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参拝で寄りました。