茨城郡・夷針神社の美しい本殿。
夷針神社の特徴
古社としての歴史を感じる夷針神社では、平地林に囲まれた静かな環境が魅力です。
御祭神は澳津彦命と奥津姫命、奥津彦命配祀の武三熊大人や興玉命も祀られています。
約400メートルの参道を進むと、美しい社殿と本殿を堪能できる体験が待っています。
Nice shrine with a long approach.
夷針神社(いしみじんじゃ)。茨城県東茨城郡茨城町大字大戸。式内社(小)論社、旧村社。主祭神:澳津彦命 奥津姫命(祭神はかまどの神)配祀 武三熊大人 興玉命資料によると、社伝によると、創建は神亀2年(725)9月29日。1426年6月に、水戸城が攻略され、城の鎮守・武隈明神が合祀されて、当社は「武隈明神社」「両社大明神」とも呼ばれる。社名の夷針は、「イハリ」「イシン」「イシム」「ヒナハリ」などと読まれるようだ。とあります。参考として、水戸の武隈明神(たけクマみょうじん)は、水戸神社の昔の名称であり、速秋津彦命(はやあきつひこのみこと)を祭神とする水戸台地に古くから鎮座していた神社です。徳川光圀により現在の場所(笠原)に遷座され、水戸七社の一つとされています。とあります。
平地林にある神社で、茨城の古社に多いスタイル。参道はかなり長く、風情がある。随伴していまは車道があるが、元々はこの周辺全域が社領だったのではないかと思わせる。
神名帳の常陸國茨城郡の項に記載のある夷針神社の論社の一社。大きな樹々に包まれた長い直線の参道があり、その奥に赤い屋根の拝殿がある。境内には由緒の書かれた石碑と東日本大震災からの神社復興の記念碑が立っている。・由緒の書かれた石碑によると次のとおり。当地は元々は那珂郡に属していた。御祭神は奥津日子命と奥津比賣命の二柱。聖武天皇の御代、神亀二年(725)の創建という古社。夷針の神はいわゆる竈神である。・この神社のすぐとなりに「大戸の桜」という樹齢500年を超える立派な桜がある。
御祭神は澳津彦命・奥津姫命。配祀として武三熊大人・興玉命。延喜式内社(小社)「常陸國茨城郡 夷針神社」に比定される論社です。論社というからには他にも候補がありまして,かすみがうら市東野寺「子安神社」・「かすみがうら市西野寺「胎安神社」・石岡市小屋「足尾神社」・笠間市泉「飯綱神社(愛宕神社境内社)」とあります。どちらが本当の式内社であるかについては,この目で全部見ないことには軽々しく言えませんが,大戸小学校近くの交差点にある火の見櫓から直線に400メートル弱に渡って続く参道の長さは,その格式の高さと歴史の古さを証明するものでしょう。創建は神亀2(725)年で,725)9月29日。応永33(1426)年),河和田城に拠っていた江戸但馬守通房が大掾満幹の留守中を好機として水戸城を奪取,大掾氏の家臣で鯉渕城主・根小屋伊勢守が城の鎮守だった武隈明神を兵火を避け夷針の宮に安置。そのため,江戸時代には「武隈明神社」・「両社大明神」と呼ばれていたそうです。明治45年に村社列格。いつの頃に社名が夷針神社に戻ったのかはよく分かりませんが,式内社大好き人間(寺社潰しも大好きでしたが)の黄門ちゃまこと水戸光圀が当社に参拝のついでに参道近くの「大戸のサクラ」を愛でたという話もありますので,その頃なのかも知れませんね。なお,茅葺きの御本殿と聞いていたのですが,ごく近年に改築された様子で見ることは出来ませんでした。
御祭神は澳津彦命、奥津彦命配祀は武三熊大人、興玉命式内社、夷針神社の論社約400㍍の参道を進むと社殿があります、社殿で参拝し、裏に回るときれいな本殿が見えます。手水舎は水をためており蛇口は元栓がしまっています、虫が多いので手を洗うのは持参したもので対応した方が良いかと思います。創建は神亀2年(725年)境内社は向かって左奥に素鵞神社、他にも疱瘡神社等があります。駐車場は見当たらず第一鳥居の前に置くことができます。近くには国の天然記念物の大戸のサクラがあります。
【山西風の社殿】ひくに茨城郡一心神社(原文)延喜式内社,常陸國 茨城郡 夷針神社。
いしみ、又はいはりと読む竃神のようです。珍しい名前の神社。長い長い参道。途中に二の鳥居が有ります。手水舎があってきれいな水がたたえてありました。キチンと管理されているのがわかります。旧村社、この規模の神社の元気がなくなって久しいですが、氏子の方々がしっかりしているのでしょうね。大戸の桜の隣です。
| 名前 |
夷針神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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延喜式内社論社の内の1社。一の鳥居から拝殿までの参道がとにかく····長〜いです。💦 境内の碑文によると、創建は何と神亀2年(725)という古社で、ご祭神は奥津彦命と奥津姫命の2柱。因みにこちらの住所は茨城町"大戸"で奥津姫命の別称は"大戸"比売神·····偶然なのかな?(◔‿◔)