諏訪大社奥宮で歴史を感じる。
旧御射山社(霧ケ峯本御射山神社)の特徴
江戸中期からの歴史を感じる神社があります。
八島湿原からのアクセスは小橋を渡ることがポイントです。
ヒュッテみさやまの目の前に位置しているため便利です。
2026.7.4現在まだクリンソウが残っています。神社周辺は、防水性のある履き物をオススメします。
御柱に合わせて登拝した。近くの山小屋の昼食はとても美味しく野菜カレーを食べずに帰るのは失態と言えるだろう。御射山は諏訪大社に限らず各地にあるけれど御射山は御射山なのだから本宮ではなく行宮としての奥宮なのだろう。高原逍遥を楽しむ欧州的な観光地であり、スピリチュアルやパワーは皆無である(それが魅力)。車道からすぐ近い神社であるが、駐車場とは反対方向に帰って一晩遭難した人は居るので安易な散策は控えたい。
旧御射山社(もとみさやましゃ)は諏訪大社下社の奥宮で、現在の神社名としては霧ケ峯本御射山神社(きりがみねもとみさやまじんじゃ)になると思います。旧御射山社は、古来より今に至るまでこの地の人々が信仰し大切に守ってきた神聖な場所で、軍神である諏訪大明神を祀る御射山祭が開かれ、諏訪・甲斐を中心に関東一円の武士団や幕府重臣が集い、小笠懸、相撲、草鹿、武者競馬などの奉納試合が行われました。丘を削って何段もの桟敷が設けられ、10万人とも言われる人数が見物に集まったと言われています。現在は、八島ケ原湿原の広大な草原の中で、木立に囲まれてひっそりと建っております。
諏訪大社四社巡りの後、その源流を辿りに行ってきました。八島の駐車場から早足30分くらいです。プチトレイルになるので、夏は歩きやすい靴や水分必携です。ほぼ木の遊歩道なので歩きやすいです。祠の近くを水が流れており、ある意味四社の作りと共通する配置です。縄文人も感じたかもしれない自然に暫し思いを巡らせました。
現在の諏訪大社下社秋宮の奥宮(秋宮後方の山中にある)は江戸中期にこの場所から移されたとある。付近には霧ヶ峰高原の八島遺跡から黒曜石の石器が発見され旧石器時代から、人の営みがあったことが確認されている。特に鎌倉・室町時代には、諏訪大明神(軍神)を祀る御射山祭が催され、小笠懸、相撲、草鹿、武者競馬等の奉納試合が行われた祭祀場だった。一度訪ねてみたかったが、付近に駐車場が見当たらず、八島湿原無料駐車場から徒歩約30分。
現在の諏訪大社下社秋宮の奥宮(秋宮後方の山中にある)は江戸中期にこの場所から移されたとある。付近には霧ヶ峰高原の八島遺跡から黒曜石の石器が発見され旧石器時代から、人の営みがあったことが確認されている。特に鎌倉・室町時代には、諏訪大明神(軍神)を祀る御射山祭が催され、小笠懸、相撲、草鹿、武者競馬等の奉納試合が行われた祭祀場だった。一度訪ねてみたかったが、付近に駐車場が見当たらず、八島湿原無料駐車場から徒歩約30分。
湿原奥にある歴史ある神社八島湿原山荘側から入った場合、少し高台にあがり小橋を渡る。渡った先に大きく少し細いが立派な一本木があり、横から湧水が出ている。湿原エリアでも平地な部分があり神様を祀るだけある特殊な雰囲気でとても空気の流れがよく感じて寛げる場所。昔は大規模な神事が執り行われる場所であったようで、こんな山奥まで多くの武士や神官が集まっていたことに悠久の歴史を感じる場所。自然も今より空気も空も星も綺麗で素晴らしい祀りだったと想像されます。
ヒュッテみさやまの目の前にありました。八島ヶ原湿原の散策ルートからもすぐの場所です。旧石器時代から、この標高1600m以上もの霧ヶ峰高原で人々が黒曜石を採取し生活していたそうです。旧御射山遺跡として残っているのは、時代は下って鎌倉・室町時代の競技場跡。この地で狩猟や相撲など、全国規模の盛大な競技会が開催されていたのだそう。今でも旧御射山神社のお社を中心に、すり鉢状の斜面には階段状地形を見ることができます。日本最古の競技場とはいえ、今のようなエンターテインメント性ばかりではなく、あくまで神前に奉納する祭典。神事としての意味合いが強かったみたい。見晴らしのいい気持ちいいスポットでした。
| 名前 |
旧御射山社(霧ケ峯本御射山神社) |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
鎌倉時代に弓矢や乗馬などの競技が、この辺りで行われていたそうです。