文久二年の仁王石、穂高神社の歴史!
仁王石の特徴
文久二年に立てられた歴史深い仁王石です。
穂高神社の近くに位置する荘厳な史跡です。
石川玄幕が関わった由緒正しい場所です。
【穂高神社の仁王石】文久二年(1862年)二月八日に立てられたそうです。穂高大明神の境内には昔、神宮寺がありました。石川玄蕃(松本藩2代藩主・康長)の時代に取り壊すことになったのですが、(その)門前には仁王像がありました。その後(仁王像は)浅間村へと盗み取られてしまい、(更に)その後(仁王像があった)跡地の古木を『仁王』と呼んでいましたが年月を経て霊木となってしまったので、4村の村民一同で相談して、寄付で牧村にあった大石2つを準備して、正月の内から何日か大勢集まって、2月8日(ここまで)引いて持って来て(ここに)立てた。後日のためこの通り書き記しました。以上の通りです。
| 名前 |
仁王石 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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仁王石の由来保高大阪神地内に先年神宮寺これ有5衛処石川玄幕の都代中におっぷし相成り。門前に仁これ有り、其教渡間村(盗み取られ、其の後右跡古木を信と昭えそり例えども、歳来る改霊木に相成り、四ヶ村一同談事の上、家進にて牧村地内より大石を二つ引き当て、正月中より数日大勢黒り出で、二月八日引き、付け立つる。後日の満期の如くにを使絞って僕の知し。