全長115mの古墳で歴史探訪!
野本将軍塚古墳の特徴
埼玉県で第2位の規模を誇る前方後円墳です。
全長115mの巨大な古墳が立派に保存されています。
隣接の市民活動センターからの眺めが絶景です。
埼玉県における古墳時代前期の前方後円墳では、屈指の大きさを持つ古墳らしいです。近くに東松山市文化財センターもあり、考古遺物をみることができます。
古墳の規模は埼玉県で第2とのこと。
古墳時代前期の古墳でとても保存状態が良く、立派な前方後円墳です。前方部には陸軍大将金谷範三書による忠魂石碑があります。石碑の裏側には、西南戦争、日清戦争、日露戦争などなどにこの地より出陣した兵士の名が刻まれています。後円部には盗掘を防ぐ目的か利仁神社があります。この古墳山全体が植林によって風化からしっかりと守られています。南側には都幾川と新江川に挟まれた肥沃な土地が広がっています。東松山に続く北側の台地には有力な一族が存在したのでしょう。その後も野本陣屋が古墳山の北に隣接していることなどから、この地が有力者にとって政治的に意味のあるものであったことが想像できます。そして、古墳山に登り、富士山や東秩父の山々を眺めていると、遥か古墳時代の人々がこの地で生活していたことが偲ばれます。駐車場は隣接する野本活動センターが便利です。
前方後円墳では関東最大級!
全長115m、大型前方後円墳。前方部が後円部に比しのっぺりと低い古式のもの。おそらく、さきたま古墳群成立以前の建造で、当時はこの地方に首長クラスの権力者が在地していたことを物語っている。その後、何らかの理由(例の武蔵国造の乱〜小熊の失墜など大和朝廷の介入だろう)で権力布置が変わり、行田地方へ埼玉中部の政権中枢が移動したと考えられる..、なんて勝手に妄想。未発掘だそうだが、古式ぽいので後円部山頂に竪穴式石棺があるのかもしれない。神社が建ってしまっているので発掘は難しそう。鎌倉武士の野本一族の館がすぐそばにあったそうだが、古墳を信仰対象とすると同時に防衛施設に利用していたのかもね。将軍塚だけに戦前は軍人の武運祈願が多かったようで、在郷軍人会が利仁神社へ金500円寄付とな。
当時でも大きな古墳だと思う。輪郭がよくわかり高さもあり立派な古墳です。
立派な古墳と感じました。
車の方は隣接の市民活動センターの駐車場が便利です。前方部には石碑忠魂碑が後円部には利仁神社が建っています。なぜここにこのような古墳があるのか、想像心をかき立てます。
中々の規模で、キチンと手入れされています。
名前 |
野本将軍塚古墳 |
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ジャンル |
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住所 |
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評価 |
3.8 |
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日露戦争の慰霊碑がありました。かなり大きいです。