深山頂上の絶景、鷹石での一時。
| 名前 |
緑丸供養碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0223-25-2302 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.iwanuma.miyagi.jp/kanko/bunkazai/documents/1_000.pdf |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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深山頂上にある鷹石。その昔、主人の命により都から硯を運んで飛んできた鷹がその重さに耐えかねてここで力尽き、その亡骸が石になったそうな。その鷹石伝説の主役である緑丸の供養碑があると石碑位置図に記されています。送電線鉄塔の管理道路沿いにありそうだったので行ってみたのが6月8日のこと。ところがすぐ見つかるだろうと思っていたのに見つかりません。現在地を確認すると明らかに行き過ぎなので戻ったのですが、やはり見つかりません。石碑位置図ではNo.12鉄塔のすぐ近くっぽいので、鉄塔の周りを探ってみても、無い。この日はどうにもならずにあきらめて帰りました。ネットで色々調べてから6月14日に再チャレンジしました。緑丸供養碑が記されている石碑位置図のある深山頂上をスタート地点とします。千貫山頂上方面への道を進み、途中の分岐で左に曲がって鉄塔管理道路に入ります。ここはきれいに整備されているので道なりに行きたくなるのですが、前の分岐で曲がってから1〜2分ほど、100メートルも歩いていないあたりで、右側に森の中へ入る獣道のようなところがあります。No.12鉄塔よりも手前です。よく見るとピンクのテープが結んであります。ここへ入っていきます。少し歩くと大きな岩が見えてきて、これが緑丸供養碑か?!と思いますが違いました。ただ大きいだけの岩です。でも鷹石よりも大きいんですよ。特に名は無いのだろうか。その岩の脇を通り過ぎて下りのほとんど整備されていない道を更に進むと、やがて右側にまたもや大きな岩が見えてきます。ついにたどり着きました!緑丸供養碑は森の中にあったのです。岩の高さは2メートル以上はありそうです。岩の真ん中あたりに梵字というのでしょうか、読めないけど立派な字が彫ってあります。その右には享保十九の字が読み取れます。西暦1734年ということですね。日本史の授業で習ったあの徳川吉宗が享保の改革を行っていた頃に掘られたのでしょうか。(改革の中身は覚えてなーい)緑丸の字は見当たらなくて、これ本当に緑丸の供養碑なの?とは思いました。供養碑の前は草ボーボーではあるけど、森の中にしては開けている感じがします。お世話をしている人がいたのかな。緑丸供養碑に向かって右側の奥は更に道が続いているようだったので、進んでみました。でも本当に獣道という感じで、これって通れるのかというレベルでしたが、距離的にはさほど進まないうちに鉄塔管理道路に出ました。出てきたあたりの鉄塔管理道路側から見ても、別に緑丸供養碑はこちら的な案内もなく、そこに道があると認識するのはちょっと難しいかと思います。目印と思われるピンクのテープが木の枝に結んでありますので、知っていれば気づけるかな。とにかく深山頂上にある石碑位置図を信じてはいけません!あれだとNo.12鉄塔のすぐ先の道沿いに緑色供養碑があると勘違いしちゃいますよ。実際にはNo.12鉄塔より前を森に入らなきゃいけないし、鉄塔と供養碑の位置関係が違うのです。それに石碑位置図の上は北ではなく北東なので、他の地図と見比べにくいのも困りものです。それにしても、なんでこんな立派な石碑が道から外れたところにあるんだろうか。元々は供養碑沿いに道があったけど、後からできた鉄塔管理道路が便利で使われるようになったから、供養碑沿いの道が廃れちゃったとかなのかな?2025年6月14日(土)14:00頃訪問。