暴君・雄略天皇の魅力、ここに!
雄略天皇陵の特徴
ヤマト政権の暴君、雄略天皇の史跡、訪問必須です。
雄略天皇陵では、歴史の深さを体感できます。
大阪府羽曳野市に位置する貴重な歴史的名所です。
出土物から5世紀後半築造と考えられ、2段築成の周濠を備える径75mの円墳。前方後円墳が多い古市古墳群では珍しい大型円墳。第21代雄略天皇陵と治定されていますが、?のようです。雄略天皇陵には色々候補があるようで…。島泉平塚古墳(こちらも古墳としては怪しい感じ)と混ぜた偽物前方後円墳風情です。似せるには周濠部分含め前方後円墳としては違和感有り有りで、細工しなくても、大型円墳でいいんやない?と思いました。天皇陵は前方後円墳でないとダメ!的な宮内庁の意向なのか…。案内板は古墳北側の周濠沿いの道路にあります。訪問される方には前方後円墳として拝見してほしくないかなと感じます。
| 名前 |
雄略天皇陵 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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ヤマト政権の中で一番の暴君として知られる雄略天皇。しかし拝所(平塚古墳側)は割とこじんまりとしている。日本書紀や古事記などに陵墓は河内之多治比高鸇、丹比高鷲原陵に葬ったとある。すぐ近くには忠臣隼人の陪塚もある。では、この地、高鷲でほぼ間違いはなさそうな気がする。「宋書」倭国伝によれば雄略天皇(ワカタケル大王)は自らを倭国王と称すとある。「宋書」がいう倭の五王のひとつ武の国王である。また日本書紀に現れた実存確実な最初の天皇でもある。雄略はかなり派手、その人生は波乱で朝鮮半島の百済、新羅、任那、加羅地方にも勢力を伸ばしていた。積極果敢、恐れなしの雄略はある意味、日本人離れをした大王といえよう。