水戸の義公生誕地で心静かに。
義公 祠堂(水戸黄門神社)の特徴
水戸黄門公の生誕地に鎮座する神社です。
小さな神社ながら水戸の歴史を感じられます。
駐車場の近くに位置しアクセスも良好です。
茨城県水戸市三の丸2丁目に鎮座している「義公祠堂(水戸黄門神社)」です。とても小さな神社で歴史は意外と新しく創建は1972年(昭和47年)です。水戸市史跡に1953年(昭和28年)に「義公生誕の地」と指定(近くに水戸黄門誕生の地の銅像があります)されています。神社⛩️は「常磐神社」が管理しています。
2024年12月27日に参拝しました。黄門様こと2代水戸藩主徳川光圀は、寛永5年1628年にこの地にあった重臣三木仁兵衛之次(ゆきつぐ)の屋敷で産まれました。初代水戸藩主徳川頼房から側室(谷久子 靖定夫人)の子であったためか、水子にするように申し付けられていたそうです。之次が匿って自邸で養育し、5歳の時に認知されたそうです。之次が、匿っていなかったら、水戸学も生まれず、幕末の様子も変わっていたかもしれないと思いながら参拝しました。
水戸駅から徒歩数分の所に鎮座されております。水戸黄門神社の絵馬が奉納されていましたが社務所などありませんでしたのでどちらでお受けすれば良いか分からず。
2024年6月17日 生誕地とこの神社の関係が難しかったです。神社の敷地内に生誕地と書いてありますがグーグルマップは少しだけ離れていますね。
水戸駅を降り 駅周辺の時間潰しで 訪問 参拝しました。北口から少し東側へ 徒歩数分の所に位置します。神社というよりは 祠ですね。休日の朝という事もあり 私以外にも 幾人か参拝していました。
水戸光圀公の生誕の地にある神社です、小さな神社ですが風格はあります。水戸駅から近く徒歩で行ける距離なので気楽に立ち寄れます。
とても小さな神社ですが、水戸の街の中に静かに祀られております。幼少期にこの地で教養されたとされています!水戸市指定文化財です。
駐車場の周りにある神社です。小さい神社ですが、独特の雰囲気がありました。
電車までまだ時間があり、駅前を散歩していたら、水戸黄門神社の案内板があり早速向かってみました。水戸駅からは歩いてすぐでしたが、行くには歩道橋を通らないといけないのが一寸面倒でした。着いてみると、神社の大きさに一寸拍子抜けした感がありましたが、子供たちが光圀公のような聡明な人間になれるよう、ありがたくご参拝させていただきました。梅の花が丁度咲いていて、綺麗でした。
| 名前 |
義公 祠堂(水戸黄門神社) |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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江戸前期、「義公」こと2代藩主徳川光圀(水戸黄門)は家臣の三木之次の屋敷で生まれ、4歳まで三木家の子としてここで養育された。その地に子孫である三木啓次郎が松下幸之助の支援を得て昭和中期に祠堂を創建。テレビドラマ時代劇「水戸黄門」の誕生にも関わる。光圀の母、久子は当初側室の身分ではなかったなどの諸事情から中絶の命があったそうだが三木夫妻の取り計らいで無事出産することができた。大正初期、之次の子孫の三木啓次郎が桜田門外の変後に自刃した水戸浪士の供養ために大阪の四天王寺境内を訪れた際、二股ソケットを売る青年の松下幸之助がおり、経済的に困窮していると話を聞くと、自身の水戸の田畑を抵当にして援助。その後、二股ソケットは大ヒットとなり、松下電器(現パナソニック)は日本を代表する大会社となる。恩返しをしたいと考えた結果、昭和中期、松下電器1社提供として「水戸黄門」が放送開始。約40年間放送され、日本国中に水戸黄門の名を広めた。