愛宕山古墳で歴史散歩!
愛宕山古墳の特徴
県内第3位の規模を誇る、全長137mの前方後円墳です。
6世紀初頭に築造された歴史的価値の高い古墳に出会えます。
静かな環境で、愛宕神社と共に散策を楽しむ場所です。
バス停「上水戸入口」から歩いて5分余り。古墳時代後期に築造された前方後円墳。国の史跡に指定。現在は後円部の上に愛宕神社の建物があります。周囲の宅地化が進み周濠跡は分かりにくくなっています。#15
6世紀初頭の前方後円墳で全長136.5m、高さ約10mの規模は、県内3番目の大きさを誇っています。墳頂に祀られている愛宕神社の境内には、古墳に埋葬されていると考えられている、建借間命の妃を祀った姫塚古墳神祠がありました。(•‿•)
茨城県で三番目の規模の前方後円墳で,全長137m,後円部は直径78m,高さ10m余,前方部の幅73m,高さ9mに及び,那珂国造祖である建借間命の墳墓と言われます。愛宕山古墳群は,那珂川中流域右岸台地(標高30m前後)の一帯に占地し,前方後円墳2基・円墳5基から群を形成していたものと推定されていますが,現存するものは,本古墳と南東側に位置する馬塚古墳のみです。本古墳の左隣に建借間命のお后の(やや小ぶりの)前方後円墳がありました,昭和49年の開発によって住宅街になってしまい,その名残さえ見つけることは出来ません。愛宕山古墳全域は,水戸愛宕神社の境内となっていたため,当時のイケイケ(田中角栄の日本列島改造論末期の時代)の宅地化の波からなんとか守られたんだと思います。「前方」部の表参道の鳥居をくぐったところに,茨城百景の碑「愛宕山とさらし井」がありました。ちなみに茨城百景は1950年に選定されたもので,添え書きとして「愛宕神社、袴塚古墳、姫塚を含む」です。さて,表参道の階段を登って,愛宕神社の社殿がある後円部まで歩きましたが,社殿を取り囲む多くの境内社の中に「姫塚古墳祠宮」と書かれた小さな赤い祠がありました。后の墳墓はもうありませんが,またいっしょになれてよかったなぁ・・・と思いました。
県内最大級の古墳、歴史散歩で訪れました。この辺りは古墳群が点在する地域で古代から豊なところだったようです。ひたちなか市馬渡には埴輪工房遺跡もあり、歴史散歩のネタは尽きません。今度はどこに行こうかな?
とても素敵な場所でした。空気が澄んでいて、心から癒やされました。皆さんも是非行ってみてください。
愛宕山古墳の頂上に愛宕神社が存在しますが、GoogleMapは愛宕神社のクチコミは何故か出来ません?愛宕神社(愛宕山古墳頂上)には沢山の神様(神祠)があって、お参りするのが大変です!(;´д`)トホホ…古墳に関する記述は?麓のプレートのみです…。駐車場があるのは嬉しいですね。
大きくて形が前方後円墳だということがよくわかる状態のよい古墳だと思います。しかも頂上まで登れるのはいいですね。
静かに時間が過ぎて行くのかな⁉️
愛宕山古墳(あたごやまこふん)墳丘長137mの前方後円墳、築造時期は5世紀前半~6世紀初頭と推定。茨城県内では最大級の前方後円墳。国指定史跡。被葬者は、古代にこの地にあったとされる那珂(仲)国(なかのくに)の支配者の墳墓と見る説がある。
名前 |
愛宕山古墳 |
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ジャンル |
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電話番号 |
029-306-8132 |
住所 |
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HP | |
評価 |
4.0 |
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常陸のくにに、愛宕山は幾つあるのだろう。茨城の古史古伝で忘れてはならぬ 古代卍一族(スワスティカの一族とも言われる。)の教えを伝承しておきたい。姫塚は、お妃である武葉槌ノ尊様であろう。鹿嶋神宮に祭られている武鹿島ノ尊様。日本で暮らしていたイエスキリストと云われる武甕槌の大神こそ、女夫神であろう。かつてこの地を掘った時、超古代のエメラルドが算出されて、常陸の秘宝として忍ばれて来た。茨城に現存している出土品の一つ、ムオゼの十戒石 同様、秘宝、おびんずる様を含む正史の公開と万民の理解を、求む。以来数十年を経て、世界より常陸の大地に集まり、学んだ弟子たちの貴重なる実話を、書き印しておきます。