1846年の多賀大社常夜灯。
柿の常夜灯の特徴
三重県道66号沿いに位置し、アクセス良好な史跡です。
1846年建立の多賀大社常夜灯が見られる貴重な場所です。
綺麗に維持・管理されていて訪れる価値があります。
三重県道66号(四日市線)「柿」交差点北、道路沿いに建立されていて、綺麗に維持・管理されています。正式名称【多賀神社常夜燈】で、弘化3(1846)年につくられたそうです。隣接して交通安全道路改修記念碑が建立されています。
| 名前 |
柿の常夜灯 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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柿の常夜灯1846年建立の多賀大社常夜灯です。住所は三重郡 朝日町 柿。元々は滋賀県の多賀大社から歓請して祀られた神社(東海道に面していた)の神殿前に建てられていたが、JR朝日駅近くの「井後(いじり)神社」に合祀されたため 常夜灯だけこの地にあります。旧東海道からは10mくらい北西に離れています。昭和46年道路改修という碑が隣にあります。この常夜灯のための法面があるため、この時期に、ここ柿交差点に設置されたのかと推定します。井後神社への合祀は、1906年(明治39年)の神社合祀令の時期かと思います。この神社合祀令の政策は、和歌山県や三重県で顕著だったらしい。南方熊楠や柳田國男の反対運動が有名です。南方熊楠(みなかたくまぐす 1867~1941)は、柳田國男から「日本人の可能性の極限」と称された学者(理系文系両方)。生涯で「ネイチャー」に51本の論文が掲載され、現在でも歴代最高記録。菌類の研究では新種70種を発見した。昭和天皇に進講(講義)した事もある。学生時代は夏目漱石や正岡子規と同窓だった。渡英時代には孫文と知り合い、その後 孫文は日本に帰国していた熊楠を訪ねて来た。熊楠の故郷である和歌山県田辺市には、南方熊楠顕彰館があり、親友となった孫文の手紙•資料が保管されています。