宇和島城 櫛形門の歴史。
宇和島城 櫛形門跡の特徴
宇和島城本丸に連なる櫛形門は重要な歴史的意義を持つ場所です。
打込接布積の立派な石垣は、風格ある造りを引き立てています。
櫛形門矢倉と北角矢倉を結ぶ門跡は貴重な遺構で、見応えがあります。
櫛形門矢倉と北角矢倉をつなぐようにあった櫛形門。ここが本丸への入口であった。現在は石垣のみだが、ここから宇和海の眺めがとても良い。復元された物にはあまり興味はないが、ここに矢倉を含めた門が復元されたら素晴らしい物になるのではないかと想像してしまう。
本丸に直結する場所に設けられた門跡。
櫛形門は宇和城の一之門である。二之丸から本丸への入口に位置し、本丸へは一段高くなっている。門自体は失われているが、土台の石垣が残っている。櫛形門は櫓門であった。
☆本丸への正門「櫛形門」(一之門)👣二之丸から本丸への真っ直ぐな石段の両側に立派な打込接布積の石垣、中々風格ある造り‼️本丸に設けられた北角矢倉と櫛形門矢倉と繋がった櫓門=「櫛形門」、石段の先、中段の両側に門扉の礎石も残り設置場所が理解できます、貴重な遺構跡、ここに櫓門が復元されたら凄く素敵ですね🤔
宇和島城の史跡の一つです。
| 名前 |
宇和島城 櫛形門跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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宇和島城の櫛形門跡は、本丸へ入る唯一の入口として設けられていた城門跡です。搦手(裏門)側から登ると、三之門、二之門を経て最後にたどり着く門であり、この櫛形門をくぐることで、いよいよ本丸へ足を踏み入れることができました。現在は建物こそ残っていませんが、石垣や石段、礎石などに往時の姿がよく残されています。宇和島城は、慶長年間に築城の名手・藤堂高虎が海に面した丘陵を巧みに利用して築いた近世城郭で、その後、伊達秀宗を祖とする伊達家によって約250年にわたり受け継がれました。本丸は城内最高所に築かれ、櫛形門はその唯一の出入口として設けられた重要な門でした。江戸時代の絵図には、櫛形門の両脇に櫓が配置されていた様子も描かれており、本丸周辺の施設群を構成する中心的な存在であったことがわかります。「櫛形門」という珍しい名称は、門に設けられていた半円形の「櫛形窓」に由来すると伝えられています。また、門は櫓門形式であったと考えられ、城内でもひときわ重要な城門として位置付けられていました。ただし、建物の詳細な構造や意匠については、現時点で確認できる資料だけでは明らかでない部分もあり、今後の調査や研究によって新たな知見が得られる可能性があります。現在の櫛形門跡に立つと、正面には現存12天守が姿を現し、本丸へ至る最後の空間ならではの雰囲気を味わうことができます。周囲に残る石垣には、17世紀後半頃の修築と考えられる打込ハギや算木積みの特徴が見られ、石垣技術の変遷を観察できる点も見逃せません。天守だけでなく、この櫛形門跡にも足を止めることで、宇和島城の縄張りや築城技術の奥深さをより身近に感じられるでしょう。