三ノ丸門跡で絶景お花見!
三ノ丸門跡の特徴
お花見シーズンには、散った桜とともに楽しむ人々が訪れます。
三ノ丸門跡は高知城下からの主要な入口として歴史を刻んでいます。
石段を登り振り返ると、天守閣の絶景が広がる場所です。
☆広大☆ポイント:お花見見学した日に桜はほぼ散ってましたが花見をされて方がいました。満開を見てみたかったですね!
武士が詰めていたことから詰門とも呼ばれる門。
石段を登り三ノ丸門跡付近(特に遺構として残っている物は少ない)で振り返ると天守閣の眺めがとてもいい。
特に石碑や案内板が見当たりませんでしたが、ここから背後に望む天守は勇壮でとても立派です。
| 名前 |
三ノ丸門跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
〒780-0850 高知県高知市丸ノ内1丁目2−1 高知公園 |
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高知城の三ノ丸門跡は、かつて城下から三ノ丸へ入るための主要な入口だった場所です。今は門そのものは残っていませんが、周囲の石垣のラインや地形から、当時の門構えの雰囲気をしのぶことができます。三ノ丸は高知城で最も広い曲輪で、外周約504m・南北85m・東西54m・総面積4,641㎡。その広さを活かして、藩の公式行事や儀式が行われる“城内最大のステージ”として使われていました。東北角には丑寅櫓が立ち、石垣の上には矢狭間塀がめぐるなど、防御面でもしっかり整えられた空間でした。中央には総面積1,815㎡の大書院が建ち、年頭の礼式や節句の儀式など、藩士が大勢集まる場として機能していました。明治維新後は藩の執政府となり、のちに藩庁へと改称されますが、明治6年の公園化に伴い建物はすべて撤去され、現在は門柱の礎石だけが残っています。三ノ丸への登城ルートは、追手門 → 杉ノ段 → 鉄門 → 三ノ丸という流れが基本。つまり三ノ丸門跡は、「城下から三ノ丸へ入るための境界」であり、そこを抜けると二ノ丸・本丸へ向かう“城の中枢へ上がる道”が続いていました。現在の三ノ丸は桜の名所として整備され、ソメイヨシノの標本木もここにあります。春になると多くの市民が訪れ、往時の儀礼空間が今は憩いの広場として親しまれています。三ノ丸門跡は、派手な建物こそ残っていませんが、「高知城が軍事と儀礼の両方を支えた都市空間だった」ということを静かに語りかけてくれる場所です。