足利尊氏の陣跡を体感!
足利尊氏本陣跡の特徴
かつて足利尊氏が陣を敷いた歴史的な場所です。
多々良浜合戦に関する重要な史跡が存在します。
石碑や説明看板がないことで静かな雰囲気が漂います。
こんな近場にかつて足利尊氏が陣を敷いたロマン。
石碑も説明看板もありませんが多々良浜合戦における足利尊氏の本陣跡です。この戦い……勝敗が、逆なら日本の歴史が変わってたぐらいに重要な合戦です。ただし高台の上の浄水場の真ん前で閑静な住宅街のそば……駐車場も無く自販機もありません。季節を間違えれば山芋ドロボーに間違われるかも知れませんのであまり不審な行動を取らないように。
| 名前 |
足利尊氏本陣跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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松崎神社様の右にある階段を上っていきます。多々良川を一望できます。ここに陣を敷いたことがよかったんだと思います。関ヶ原の合戦は、天下分け目ですが、あくまでも武家同士の戦いです。天皇にすれば家来同士の争いです。しかしながら、足利尊氏の多々良浜の戦いの勝敗はその後、天皇家を巻き込む大事になっていきます。1336年(建武3年)3月2日、足利尊氏が敗走先の九州・多々良浜(福岡市東区)で菊池武敏の南朝(天皇)軍を破った歴史的転換点となる戦いです。圧倒的な兵力差で絶体絶命の危機でしたが、寝返りにより逆転勝利し、尊氏は九州の基盤を固めて再上洛、室町幕府樹立の道を切り開きました。多々良浜の戦いの詳細:背景: 京都での戦いに敗れた足利尊氏が、再起を図るため九州へ逃れ、少弐氏などの支援を受けながら博多へ進軍。戦況: 菊池武敏率いる後醍醐天皇方(南朝)の数万の軍勢に対し、尊氏軍は少数で、尊氏が自害を覚悟するほど不利な状況でした。決着: 戦闘の最中、天皇方の一部が足利方へ裏切ったことで戦況が逆転。尊氏軍が菊池軍を打ち破った。影響: この勝利で尊氏は九州の武士団を纠合(きゅうごう)し、勢いを回復。その後、東上して京都を奪還し、南北朝時代の幕を開けることとなりました。※なお、戦国時代の1569年にも同じ「多々良浜」で大友宗麟と毛利元就が争った合戦が存在します。お掃除が行届き綺麗に整備され、関係者各位、並びに地域の皆々様のご苦労様とお陰様に感謝致します。気持ち良く参拝させて頂きました。🙏😊