指月道を歩く、心温まるひととき。
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| 名前 |
千林尼の大休指月石畳道 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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小野田地方と楠町船木を結び、人や荷駄が往来する道を「指月道」と呼んでいました。船木逢坂観音堂の堂守千林尼(せんりんに)は、険しい坂道を苦労して行き来する人馬を見かね自ら托鉢し浄財を集めて、小野田・宇部市を含む旧厚狭郡内数か所に石畳を敷いたり、橋を架けたりしました。この石畳もその1つで、文久2年(1862年)に完成しました。敷石の長さは約260m、幅は1.5mでその一部が残っています。千林尼は、文化6年(1809年)宇部市西岐波大沢に生まれ、16歳で結婚しましたが、まもなく不縁になり仏門に入りました。安政4年(1857年)逢坂観音堂の堂守になり、晩年は山陽町吉部田の「玉泉庵」に移り、明治2年(1869年)60歳で亡くなりました。この説明書の奥に「指月道」らしき道はありますが、石畳はどこにあるのかわかりませんでした。