流人たちの歴史を感じる墓地。
流人墓地の特徴
神津島に位置する流人墓地は歴史的な場所です。
流人達が差別されずに生活した証が感じられます。
おたあ・ジュリアの存在が特別な魅力を放っています。
徳川家康にキリスト教からの改宗を追われてもそれを拒否し、神津島に島流しとなったジュリアの墓のほか、多くの墓があります。綺麗に清掃されており、今なお大切にされている様子をうかがい知ることができました。
おたあ・ジュリアは朝鮮貴族の娘で,小西行長の養女。キリスト教改宗を拒否したため島流しとなった。神津島港の南東約1km,村落中央の流人墓地にある墓は高さ約1.7mの朝鮮風の二重塔である。毎年、墓前でジュリアの供養祭が行われる。
神津島に島流しになった流人達の墓地診療所や郵便局のある島の中心的エリアにあることからも、この島で流人が差別されずに生活できていたのかなと察します。
| 名前 |
流人墓地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
04992-8-0011 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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小西家は薬草の扱いを家業としていたためジュリアは流刑地では薬草の専門家として重宝されたようである。ジュリアには弟がいて長州藩の武士であり、文通もしていて天涯孤独ということではない。弟は家康に謁見して三葉葵入りの小袖を賜っているため、相当な格の武士である。ジュリアはイエズス会の記録では”茨の中の薔薇“と表現されている。ジュリアはイエズス会の記録では神津島から大阪経由で長崎へ移動しているため、神津島に墓はないと考えられる。