加藤清正の音変化、魅力のセイショコサン!
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
セイショコサン(清正さん) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
「セイショコサン」は加藤清正の「清正公」の音変化。春と秋に祠の前の狭い場所で、村の人たちが宴会していた。食べ物は煮しめと丸い大きな握り飯、それに味噌汁。それらがなんとも美味しかった。数本の大きな錦の幟が立てられていた。もう30年も前のことであるが、朽ちそうになっていた祠を大工さんの叔父が修理した。費用は村の積み立て金。その板の一枚にわたしが墨で修理日と大工の名前を書いた。このj祠のある場所の横の山の斜面には、戦争中の防空壕が2つ掘られていた。阿蘇の噴火で降り積もった火山灰だからもろかった。明治生まれの亡き祖母の話しでは、この防空壕を掘ったのは、東京からきた若い陸軍の兵隊さんだったらしい。なんだか気の毒になって粗末ではあったが食事をそっと差し入れたとも。長男が志願して海軍に行っていたので、他人事ではなかったのだろう。その長男は戦死。子どものわたしたちはここでよく遊んでいた。防空壕には蝙蝠が住み着いていて、急に飛んでくることがあって、びっくりしたものだ。