川風感じる阿遅加神社。
阿遅加神社の特徴
境川沿いに位置する、歴史豊かな神社です。
日本武尊を御祭神として祀る神社です。
駐車スペースがあり、アクセスも便利です。
勧請年紀不詳。葉栗郡西門間荘足近郷直道村に鎮座。旧号八剣宮。古来足近郷十ヶ村の惣社なり。十ヶ村は直道村、川口村、島村、南川村、市場村、小荒井村、南宿、村北宿村、坂井村、東小熊村を云ふ。古へ尾張國葉栗郡の内なり。延喜式神名帳に曰く、尾張國葉栗郡(十二座の内)阿遅加神社。尾張國神名帳は葉栗郡(十二座の内)従三位阿遅加天神(一本作正四位下)は当社なり。尾張國神名帳集説に曰く、従三位阿遅加天神一本作足近按日本紀に曰く、応神天皇二十年倭漢直祖阿知便主来皈云。万葉集曰く味?綾云々阿知織欣秘曰く、旧日本事記曰く、宇麻志麻能命十五世物部阿遅古建公云々。加與古昔通蓋祭此連公。尾張志曰く、足近今は美濃國足近荘直道村は八剣社是なり。又濃陽志略に曰く、葉栗郡直道村八剣宮伝云為足近十郷惣社云々。新撰美濃志曰く、直道村云々。郡村記には、足近荘とす。足近は十郷ありてここを本所とす。境川は村の西北にあり。昔は足近川と云ひしにや。東鑑に文治九年十月二十五日云々可令田足近洲俣渡云々。俣嘉禎四年二月九日西去夜風雨洲俣足近両河浮橋流損云々。里伝曰く、当社八剣神を祭れる由、其の所以は往昔日本武尊東夷征討ふる時皈途尾張國尾張氏の女宮簀媛所に逗留し給ひし所、近江國伊吹山に荒神ありと聞き給ひて此処を出にして息吹山へ行き給ふ時、海東海西中島の三國を経て葉栗郡に入り給ふ。即ち現今の社地栄井に霊泉あり。依て暫の憩給ふ時に御饌を奉りしに、其した愛で給ひて味佳と記し給ひてあり。即ち阿遅加の地名は起こるなり。斯くて後伊勢國能褒野にて薨じ給ふ。御子若武彦王は深く是を悲悼し給ひ父命の憩給ひし此処に宮造りて其の跡を残し給ふ。即今の阿遅加神社の地是なり。
境川沿い、名前の由来がなんだろって気になって立ち寄った。ヤマトタケルがこの地で食事と水を貰い「味佳あじか」味が良いと言ったことに由来。ヤマトタケルが好きだと言ったからアジカ記念日。
気持ちのいい神社でした。
「阿」って文字なんかお寺っぽいよね。でもれっきとした神社で祭神は日本武尊。
日本武尊が御祭神由緒、歴史あり。
足近を始めとした近隣地区の総社。立派な境内でした。
[西へ、東へ]境川の畔に立つと西から、東へ心地よい川風が吹き抜けていきます。この境川の畔に立つと、遠く伊吹山を眺めます。太古この川は美濃と尾張の境にあたる、国境の川でした。ただ絶えない流れを見つめその男のことを、思うのでした。西で、南九州の熊襲を討ちすぐさま東で、東国の蝦夷を平定その男『日本武尊』は戦いに明け暮れる人でした。その男の父、景行天皇は見抜いています。その男はただ、強いだけではなく、力があり、知略に長け、人を惹きつけ、運が強い周囲を巻き込んで、勝利をもたらす男でした。東征を終え、妻、宮簀媛の館で休んでいる時でした、「伊吹山に荒神がおり、人々が苦しんでいる」との噂をききます。その男は放ってはおきません。巻き込むのも得意ですが、巻き込まれるのも得意です。すぐさま船を出し、柳津港に降り立ちました。遠くに望む、伊吹山に向かいます。その男は、この境川の畔に立ち、遠く・伊吹山を眺めます。国境の境川を前に、当地の霊泉にて休憩しました。その折、土地の者が御食事を差し上げその男は、大変満足し『味佳』(あじか)と言ったとされ、地名の由縁とされています。もう一説では、この地は境川を渡るのにちょうど良い浅瀬があり、渡りやすい地の意味で『足近』(あじか)と呼ばれたとされます。.......そして、別の男が、この境川の畔に立ち、遠く伊吹山を眺めます。父、日本武尊の面影を追い、男はここまできました。『稚武彦王』(わかたけひこのみこ)第14代天皇:仲哀天皇の同母弟にして日本武尊の子です。稚武彦王の幼い頃、日本武尊は亡くなっており父親の姿を知りません。少しでも父の欠片を集めに、各地に巡礼を行っていました。そして立ち寄ったこの地父の面影を求め、この地に『阿遅加神社』を残したと伝わります。いまも、この境川の畔に立つと、遠く伊吹山を眺めることができます。
社号の「阿遲加」は「あぢか」と読む。鎮座地の足近と同じ。足近は、かっては足近郷と呼ばれた地域で、海馬(あしか)とも書かれる場合があったようだ。通称は八剣様。社伝によると、ヤマトタケル東征の折、伊吹山の荒神退治へ行かれる時に、当地の霊泉にて休憩。土地の者が御食事を差し上げたので命は大変満足したという。
ヤマトタケルを祭る神社です。東征に区切りをつけた日本武尊が、大和へ帰る途中に向かった先。そこに霊泉が涌いていたのだとか。その霊泉の場所に神社があります。
| 名前 |
阿遅加神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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阿遅加神社(あぢかじんじゃ)。岐阜県羽島市足近町直道。式内社(小)、旧郷社。主祭神:日本武尊資料によると、境川南岸に接して鎮座する。「アヂカ」は、式内社の社名であるとともに、古代中世には「足近郷」と呼ばれ、近世には「足近村」と称し、今も羽島市「足近町」と呼ばれている由緒ある地名である。この境川はかつての木曽川であり、古代中世においては文字通り美濃と尾張の国境をなしていたと考えられる。天正年間、現在の木曽川を境に美濃国と尾張に分かれた。境内前には用水が流れる。日本武尊が伊吹山の荒神を鎮めるために宮簀媛の所から伊吹山に向かう途中、ここに霊泉があるのを知って暫く休憩した。尊の御子稚武彦王がこの地に社を建てて鎮祭した。拝殿と本殿は石段の上にあり、拝殿とは高低差がある。末社摂社が一切無い。とあります。