歴史の息吹感じる権現の森。
権現の森の特徴
戦国時代から残る権現の森の歴史的な魅力が魅力的です。
承応三年に建立された金山権現の石祠が見どころです。
矢の口交差点近くでアクセス良好な史跡として訪れやすいです。
国道を通るたびに気になっていたお社。鳥居があるので神社なんでしょうけど、手水場も拝殿もなく、木立の中に石祠と石塔が並んでいる、といった趣で、気になっていました。鳥居をくぐって正面にある石祠が、鉄鉱・鉱山を司る、南宮大社の主祭神である金山彦命。由緒書きを読むと、武田信玄の金鉱山開発に関連しているらしい。(どこから勧請してきたかは不明)周囲には小型ながら御柱が立ち、金山彦命の石祠の横にはいくつかの石祠と摩利支天の石仏が並び、お社全体から不思議な迫力を感じます。
文化二年(1805)に金沢宿より幕府に供出した『御分間御絵図御用宿方明細書上帳』に、「宿持鎮守 除地 拾六間四方金山権現森壱ヶ所石御祠御座候 但江戸ヨリ右之方往還ニ御座候」とあり、権現の森と石祠について報告がされている。 参道正面に祀られているのがこの石祠で、建立は承応三年(1654)である。青柳宿が移転して金沢宿と名を改めた三年後のことで金山権現は、祭神は金山彦命で、山の神である。武田信玄の開発した金鶏金山と関係が考えられ、当時すでに祀られていたのではないかと考えられます。 石祠の左右には、江戸中期ころより庶民の信仰として祀られた御嶽座王大権現・庚申・矜羯羅(こんがら)童子と制吨迦(せいたか)童子の脇侍(わきじ)をともなう不動明王・摩利支天・甲子・秩父坂東西国巡礼供養塔・津島牛頭天王・大六天・如意輪観音・蚕玉大神・道祖神祠・石燈籠など大正期までの石造物二十数基が祀られている。
ナビの指示に従って左折。左には何やら神社が…小さな祠に曰くありげな石仏御嶽山?大権現、津島牛頭天王 の文字が見える。今回は詳しく見てこなかったので雰囲気のみ。
甲州街道、金沢宿(京都)方面の入口(矢の口)に戦国時代から残る「権現の森」には、青柳宿が現在地に移って金沢宿と名称を改めた慶安四年(1651)から三年あとの、承応三年(1654)に建立した「金山権現」の石祠が祀られています。この金山権現は金山で働いていた人たちが武田氏の滅亡後青柳宿へ下り、山にあった金山権現を移して祀ったものと伝えられています。
権現の森のご本体である。祭神は金山彦命を祀る金山権現である。金山彦命は鍛冶屋・鉱山関係の金鶏金山に関係した神様と思われる。(祠の説明文より)
権現の森のご本体である。祭神は金山彦命を祀る金山権現である。金山彦命は鍛冶屋・鉱山関係の金鶏金山に関係した神様と思われる。(祠の説明文より)
遅い夏休みで長野の茅野市から甲府市へR20(甲州街道)の移動中に矢の口交差点で見つけました。隣の地区集会所の広場(鉄棒が有りましたかがトイレはなく史跡内には木製ベンチ有り。)をお借りしてお参りさせて貰いました。庶民の信仰の場で、武田氏とのゆかりもある市の史跡である案内でした。旅の無事を各道祖神祠や不動明王に摩利支天他の石像に旅の無事を祈願して後にしました。
| 名前 |
権現の森 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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諏訪湖に行くときにいつも気になってた神社さん。パッと見駐車場もなく交差点内に座して交通量も多い。数年前に新しい御柱になって気になってました。鳥居はあるものの拝殿はありませんでした。「⚪⚪神社」というような表記もありませんでした。奥の方にいくつか古い祠がありました。金山?坑道?あくまで史跡だそうで新旧合わせて祠/石物が20基あるのだそう。