平泉館跡で藤原氏の栄華を体感。
柳之御所遺跡の特徴
柳之御所遺跡は平安時代末期の奥州藤原氏の政庁跡です。
国指定史跡柳之御所史跡公園として整備されています。
無料の資料館は展示が充実していて非常に勉強になります。
道の駅平泉に車を停めて、徒歩5分くらいの場所にあります。特に時間は関係なくいつでも入れる感じでした。お堀の遺構などもあり、時間調整で立ち寄ったわりには面白かったです。
大きな池を配置した、政治の中枢を担う館の跡のようです。丁度、梅の花が咲いていましたが、当時も奥州藤原氏など有力者たちがこの館で仕事をし、また、池を見ては寛いでいたのでしょうね。そんな光景を想像しながら見学すると、また一興です。
芝生で整備されていて、気持ちがいいです。奥州藤原氏の政庁の雰囲気が感じられます。平安時代の末(12世紀)に、歴史書の「吾妻鏡」に記されている「平泉館」にあたると推定されています。
2022年9月25日に久々に訪れました。「吾妻鏡」に出てくる平泉館(ひらいずみのたち)に比定されている奥州藤原氏の政務が行われていた居館跡と思われます。陸奥湾の外ヶ浜に続く奥大道を通じて、北方との交易を統制する場でもあった模様です。南西側の低地は、猫間が淵と呼ばれ、入り江のような北上川河畔でした。当時の京都の公家屋敷と同じような構造をしていたようです。胆沢城(鎮守府)よりも南側になりますが、奥六郡の最南端にあたる平泉に本拠地を置いたのは、何故だったのか、不思議です。
御所を囲んでいた規模が大きい空堀も遺構が復元され、奥州藤原氏の栄華を偲ぶ事が出来ます。
春だからか、だだっ広い清々しい草原でした(笑)。一応説明板はありました。駐車場らしきものも近くに2箇所あります。道の駅平泉から歩3分くらいです。
2021年8月7日訪問奥州藤原氏の政庁(平泉館)と比定される場所です。30分ほどいましたが私以外誰も訪れる人はいませんでした。
柳之御所遺跡は、国指定史跡「柳之御所史跡公園」として整備されてますが、何も無くて少し寂しい感じです。でも中にはQRコードを読み取ると、バーチャル映像で360°のいにしえを観ることが出来ます❗️柳之御所遺跡は、12世紀に繁栄した奥州藤原氏が政治を行った「平泉館」と吾妻鏡から推定され、遺構と共に大量の土器や陶磁器などの交易を示す遺物も発見されてます。柳之御所遺跡は、世界文化遺産に指定されてませんが、追加登録を目指して整備してます。
一人旅で2020年10月中旬にレンタサイクルを利用し立ち寄りました。広場になっており、井戸の枠や汚物廃棄穴は復元されているものの、復元された建物はありません。「夏草や 兵どもが 夢の跡」
名前 |
柳之御所遺跡 |
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ジャンル |
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住所 |
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HP | |
評価 |
3.6 |
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柳之御所遺跡は高館(たかだち)の丘稜の麓から北上川沿いに広がる場所で、この一帯は昔奥州藤原氏の拠点で「吾妻鏡」に記されている奥州藤原氏の政庁「平泉館:ひらいずみのたち」居館跡と推定されています。継続的な発掘調査により大型建物や堀・塀・園池・井戸などの遺構、京都や海外との交流があった事を示す土器や陶磁器などの生活遺物が多数発見されています。平成九年(1997年)に国の史跡に指定されています。