引馬野論争で心躍る体験。
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| 名前 |
万葉地名引馬野伝承地 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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「引馬野論争」というものがあります。万葉集に詠まれた「引馬野」がどこか、というものです。それには、「三河説」と「遠江説」の2つの主張があり、ここが「万葉地名引馬野伝承地」と言われ、万葉歌碑や斎藤茂吉の碑がある、というわけです。その理由として、持統天皇の三河国行幸の際に詠まれた歌に「引馬野」があること。引馬神社や阿礼の崎などの地名が残っていること、などです。また、斎藤茂吉は引馬野調査のために昭和16年(1941)にこの地を訪れています。そして「三河説」を支持しました。その茂吉の日記も石碑として建てられています。持統天皇の三河行幸は大宝二年(702)です。この地の美しさは言葉によって伝えられましたが、ついぞ衣に移しては伝えられなかった、ということなのかもなあ…と……