神縄掛で味わう歴史の深み。
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| 名前 |
野田原城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
2.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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🔷歴 史野田原城がある神縄掛(カンジョウガケ)集落は、約800年前に野田原八郎左衛門範景が神縄掛城を居城に築いたが始まりと伝わる。野田原城は神縄掛城の野田原川対岸にあり、三方が急峻な山に囲まれた通称城ケ原にあり、天正13年(1585年)羽柴秀吉の紀州攻めの際に、根来寺衆徒がこの地に留まり城を築き抵抗したという。🔷現 状野田原城は県道129号線から分岐した軽自動車が通れる程度の細い農道から杉林を登ると到達する。城跡は城ケ原にあり、高野山膝下周辺にある城跡では珍しい梯郭式縄張りで構成されている。縄張りは尾根北端に一の曲輪と、そこから南側に向けて切り残し土橋を経由して、この城で最大の広さがある二の曲輪とそこから岩盤が露出した急斜面を下ると堀切と三の曲輪があるが、何れの曲輪も自然地形に近く造成が甘い。三の曲輪から更に南側尾根を進むと、城跡の一部であるか不明であるが広々とした平坦地と、西側に土塁が残る。野田原城は山頂部分の曲輪の造成が甘いことから、臨時的に築かれた城と思われるが、南側端にある平坦地は造成がなされているため、屋敷跡である可能性もあると思われる。