山代街道の本陣跡で歴史を味わう。
広瀬御本陣跡(前山代宰判勘場跡)の特徴
前山代宰判の勘場があった歴史的な場所です。
山代街道に位置する重要な史跡です。
広瀬の本陣跡として観光に最適なスポットです。
#前山代宰判の勘場が置かれたところだよ。#「宰判(さいばん)」とは、長州藩において1人の代官が管理するエリアのことだよ。そのスケールは時代によって統廃合があるんだけど、幕末長州藩には18か所の宰判があったよ。平成の大合併で山口県は13市9町の計22市町になったことと比較すると、「市」「町」くらいのスケールを想像するといいかも。#「勘場」は宰判の要衝の地に置かれた役所だよ。三権分立以前の時代なので、ここで裁判もされたんだ。裁判=支配=宰判と、同音同義だよ。#耳を澄ましてごらん。ほら、聞こえてくるよ。200年前のあの声……「お代官様、お願ぇでございますだ!」……ここは、様々なドラマが繰り広げられた舞台だね。
2017/04/30来訪。前山代宰判勘場が間借りされた庄屋隅邸は、民家として現存しています。毛利家から名字を拝領した旧庄屋の邸宅。
| 名前 |
広瀬御本陣跡(前山代宰判勘場跡) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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山代街道 広瀬の本陣跡です。のちに、この建物内に役所も置かれました。山代街道。萩と安芸との国境の秋掛村(現 岩国市美和町)を結んだ24里余(約100㎞)の街道です。福井(福栄)→生雲→柚木→鹿野→須万→広瀬→本郷を経由しました。山代とは、江戸時代の長州藩の行政区分で鹿野、須万、広瀬、本郷あたりを「山代」といいました。「山代」は紙の産地で、長州藩はこの街道を重要視していました。