旧東海道沿い、四日市市の魅力発見!
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| 名前 |
富田明治天皇御駐輦碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧東海道沿い、「四日市市富田地区市民センタ-」南に近接。碑、碑周り等綺麗に維持・管理されています。※説明板が建立されていましたので説明文を引用し、ご紹介します。【明治天皇御駐輦(ごちゅうれん)碑】維新の偉業もようやく成って、明治天皇は江戸を東京と改称されました。明治元年(1868)9月20日、車駕(しゃが)にて京都を出発東京へと向かわれた。24日には四日市に御駐輦、翌25日富田茶屋町広瀬五郎兵衛方に御少憩(ごしょうけい)になり、富田の焼き蛤(はまぐり)を御賞味になられ、10月13日東京に入られた。その年の12月8日、京都へ帰られる途中、19日に再度五郎兵衛方に御少憩なられた。翌明治2年3月7日、京都をお発ちになり、神器(しんき)を奉じていよいよ東京に遷都(せんと)されるとき、3月15日、またもや五郎兵衛方に御少憩なられた。明治13年陸軍大演習をご欄になるため県下に行幸になると、7月3日、五郎兵衛方に4度目の御少憩になられた。広瀬五郎兵衛方の敷地は東海道に沿い、現在の富田小学校正面付近から富田地区市民センタ-にかけてであった。明治天皇御駐輦跡の碑は、公爵(こうしゃく) 近衛文麿(このえふみまろ)の筆である。富田地区文化財保存会と、なっています。 素晴らしいですね!