歴史と静謐、雲洞庵へ。
金城山 雲洞庵の特徴
樹齢数百年の老杉に囲まれた、歴史ある菩提寺で心が洗われる。
奈良時代創建の由緒正しいお寺で、静寂な雰囲気が魅力的です。
大河ドラマ『天地人』の舞台で、新潟県の隠れたパワースポットです。
新潟県にある有名なお寺です。上杉景勝や直江兼続の幼少期、有名なお坊様から学問や教えを学んだところです。とても静かな処です。拝観料500円❗御朱印も季節バージョンもありました。徳川家康や上杉謙信の位牌や仏像沢山あり。
さすが越後一の寺、立派でした!ここは豪雪地帯なのに長い年月雪の重み耐え抜いた太く立派な欅の柱に梁と窓枠も欅かな、見応え有ります!ここに関東管領上杉家、また上杉謙信、景勝、直江兼続と大河ドラマ天地人の世界があったのか!空想巡らせるのもまた楽しめる宝物殿も謙信、景勝、兼続ゆかりの品もありますから是非見て下さい😊
日本の原点、詳しいコメントはありません。足を運んでみればわかります。日本各地いろんな観光地はありますが、苔生す境内は、佇まい、静寂、荘厳、優しさ、を感じる庵です。景勝、兼続、いにしえにに思いをはせ、合掌。
南魚沼市、越後の曹洞宗禅寺。旧上田地区の金城山の麓、雲洞(うんとう)に有り。10000坪の広大な境内、本堂中心に複数の建屋で構成される6000坪の禅の修行道場が圧巻、禅寺ならではの座禅堂は必見。柔らかな緑広がる境内は新緑、紅葉の時期は大変人気。特に、室町時代、今を去る1300年の古より、人々から「雲洞庵の土踏んだか」言われ続けられた赤門から本堂までの敷石の下、法華経が一石一文字ずつ記し埋められている、静寂、霊験あらたかな素晴らしい参道は、是非ご自分の足で踏みしめながら、心で歩いて頂きたい空間。※戦国時代、上杉謙信から薫陶を受け継ぎ、生死の境、生きている実感の中、安土桃山時代〜江戸時代の最後まで生き抜いた上杉景勝、直江兼続の幼少期、その学びの場としても有名な雲洞庵、刻んできた歴史に想いを馳せる。是非、立ち寄り御参りをオススメ。いいね(^^)
中世は越後でも大きな禅道場だったとの事で、境内が広く、外も内も無駄なく美しく整えられており、正に禅道場です。赤門からの参道は杉と苔に囲まれて、石仏も並び、空気が一変します。本堂内には多種多様な仏像があり、仏像好きなら目移りしながらの見学になります。時間に余裕を持って、堂内を隅々まで巡る事をお勧めします。境内で特に目を引いたのは、参道から少し外れた所に建っている「仏舎利塔」。建築家の鈴木恂氏の設計との事で、宙に浮かぶ立方体を切り取った様な摩訶不思議な造形で、内部を覗くと、同心円状の空間の円心に仏陀と仁王像が佇んでおり、これもまた禅仏教、と感じさせられました。近代建築ではありますが、是非この建物をアピールして欲しいですね。駐車場も広めで、訪れやすい寺院です。どの季節に行っても美しいと思います。
南魚沼グルメマラソンの帰りに立ち寄らせていただきました。以前から参拝したいと思っていましたが、予想を超える素晴らしいお寺です。曹洞宗寺院らしい質素な中にも重さと趣のあり、山門を潜ると凛とした雰囲気が自然と姿勢が正されました。昨年訪れた永平寺と共通するところがあります。雪深いこの地で雲水たちは厳しいと修行をされたのですね。青紅葉が素晴らしい季節に参拝出来ました。今度は紅葉の時期に訪れたいと思います。
友達と2人で魚沼の自転車レースに行った時に寄らせてもらいました。本堂からの渡り廊下から池が見え、その奥に朱色の橋が見えたので行ってみたい様な行かない方が良い様な。広間から見る中庭も小雨の中で観ると風情が有って穏やかな気持ちになりました。勿論NGですが、珈琲でもすすりながらゆったり観ていたいです。また伺わさせてもらいます。有り難うございました😺
幼少期の上杉景勝と直江兼続が学んだとされる古刹。曹洞宗の寺院で,そのためか永平寺と似た雰囲気である。巨大な伽藍を持ち,これをよく維持していると思う。1時間程度の空き時間があるなら立ち寄ることを勧める。
越後の名刹「雲洞庵の土踏んだか」赤門から本堂までの敷石の下には法華経が一石一字ずつしるし埋められています上杉景勝公直江兼続公が幼少期雲洞庵で学んだと言われています曹洞宗で坐禅は「只管打坐」 静かにただひたすら坐る坐禅広い境内を廻るだけで心が安まるようです平成17年に次いで2回目の参拝となりました。
| 名前 |
金城山 雲洞庵 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
025-782-0520 |
| 営業時間 |
[金土日月火木] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
南魚沼市内の東側山麓にあります。樹木の生茂った境内は、荘厳な趣きがあります。1300年前、藤原房前公の母が出家し、当地に庵を結び、金城山から湧き出る霊泉で、多くの病人を救いました。母亡きあと、房前公は、母親の菩提を弔うため、金城山雲洞庵を建立しました。以来、藤原家の尼僧院として、律宗に属し、女人救済の庵寺として栄えました。600年前、曹洞宗雲洞護国禅庵となり、大禅道場として栄えて来ました。不思議な名称の寺院だと思いましたが、これで納得です。しかし、昔の人の信仰心は、凄いですね。とても立派な本堂ですが、造りは、関興寺と同じく、横長です。ここでは、中には入りませんでした。