日本海側最北の古墳探訪。
城の山古墳の特徴
日本海側最北の前期古墳として有名なスポットです。
39mの円墳でありながら、存在感のある素敵な古墳です。
2014年の発掘で前方後円墳と確認され、歴史的意義があります。
城の山古墳、39mの円墳で、それ程大きく無い楕円形墳ですが、存在感があり、惹きつけられる素敵な古墳でした。日本海側最北端の前期古墳(四世紀前半)という事もあり、出土品も素晴らしい。綺麗で分かりやすい案内板が設置され、またここから数キロ程度の奥山荘資料館に出土品が展示されています。初期の大和政権がこの辺りまで勢力を延ばしていたようですが、この辺りを支配していた豪族の墓だったように感じました。地域愛を感じる良い古墳で、これからも大切にして欲しい古墳ですね。
うん まぁ 古墳ホントに何もない。
周りが平野で、山林が他になかった地域の集落には貴重な建材を得る為に大事にされてきた場所。それ故、巨人が篭に担いだ土塊が、こぼれて、できたから、篭担ぎ山、又は篭ほろぎ山と呼び、親しまれてきました。古墳だと明らかになった現在では、道沿いに道しるべの立て看板を設置してアクセスしやすくなりましたが、肝心の古墳は案内板がある以外は、駐車スペースは車二台分しか無く、勿論、舗装はされていません。古墳の上に登る事はできますが、階段も無く、踏み固めた道を登るしか、ありません。くれぐれも、訪れる際は、滞在時間は短めに、地元の迷惑にならないように、お願いします。
こんな所に古墳が!城の山古墳は、日本海沿岸最北の前期古墳で4世紀前 半代の円墳と考えられます。阿賀野川以北では唯一の現 存古墳で、東西40.7m×南北34m以上の楕円形を呈し、 県内3番目の大きさを誇ります。2012年までに6次にわ たる調査が実施されました。現在のところ周溝は確認さ れていません。埋葬部分は、粘土榔を意識し田作りで、10.5m長× 5.3m幅(最大)の方形墓坑の中に北から50°東の主軸を もつ北東-南西方位に木棺を納めていました。棺規模は 最大幅1.6m、長さ8.2mを測る非常に巨大なものでした。 北東の幅が広くなることや副葬品配置から北東頭位の り 剑抜式木棺と考えられます。副葬品は、非常に豊富で、舶載盤龍鏡.翡翠製勾玉・ 石製管玉,ガラス製小玉といった装身具類、剣・大刀. 弓矢(銅鏃).叡といった武器類、飾,鉄斧・刀子といっ た工具類がセットで出土しており、 近畿との強い関連性 がうかがわれます。多くのものが列島最北の出土品です。 特に較の遺存状況は良好で、3点がまとめて納められる という他に例をみない豪華さでした。また多くの品々が 絹に包まれて納められていたことが判明しています。 なお、破砕された土器が多数棺上から出土しており、 棺を埋めるに際して埋葬儀礼が行われたと考えられます。 古墳の立地は、阿賀野川水系の最北端に位置し、北の 世界との境界に位置しています。 このように北方と西方 の文化がちょうどぶつかる地点に位置する城の山古墳は、 重要な日本歴史の証人として1700年の時を経て現在に 残されてきました。今後も郷土の貴重な宝として守り続けていかねばなりません。出土品は奥山荘歴史館で展示中! (土・日・祝日のみ開館)※案内看板より。
田んぼの真ん中にポツンと古墳があります。このへんじゃ数少ない貴重な古墳ですね。
良いですよ~
国史跡に指定という新聞を読み、行ってみました。こじんまりした古墳ですが、周りは余計な建物もなく、のんびりした感じで、ぐるりと歩き回れます。この土地で大和時代の歴史の手懸かりになるかと思うと解析に期待、資料館ができると良いなと思っています。
日本海側最北の前期古墳。一時、前方後円墳とする発表があったが、結局、円墳ということでした。
| 名前 |
城の山古墳 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0254-47-2711 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.tainai.niigata.jp/kurashi/kyoiku/bunkazai/jyonayama_kofun.html |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ここは長らく円形の円墳だと思われてきたようですが、2014年に発掘調査で南西の方向に方形の脚を伸ばした、前方後円墳であると疑義がされました。2015年の追跡調査でこの説は否定され直径39メートルの円墳という説に落ち着きました。日本海側で最北の豪族のお墓であるらしいですよ。